2018年11月24日土曜日

妙義山


「妙義山(みょうぎさん)」。

近隣の「赤城山」、「榛名山」と共に「上毛三山」の一つに数えられます。

奇岩ばかりの山々の集合体で、その荒々しい山容の景観から、「日本三大奇景」にも選出されているそうです。

ただ恥ずかしながら、以前取り上げました漫画「頭文字(イニシャル)D」で初めて認識しました。

この山をテリトリーにしている峠族のリーダーが「スカイラインGTR(通称R32)」で主人公に挑みます。

その「まがまがしさ」が、山と車の両方の雰囲気に似合ってました。

確かに「群馬県側」から「軽井沢バイパス」で向かう道中に、この山が見えてました。

しかし「浅間山」近く「鬼の石出し」を演出する溶岩石の奇観にイメージが流れてしまい、希薄な印象しか残ってなかったのです。

(ちなみに、ここは三大奇景ではありません。)

急に興味が出てきたので、山界隈の「城巡り」も兼ねてドライブしました。

この写真は、一番尖がって観える場所をわざわざ選んで撮りました。

別の角度で見ると、もっとギザギザが際立って観えます。

さすがに登山をしようとは思いませんでしたが、自分の地元に象徴的な山が見えるのは「いいものだなあ。」と思います。

実際、このあたりの地域では、3チーム対抗戦のとき、「赤城組」・「榛名組」・「妙義組」に分けたりするそうです。

また漫画は、日常生活に全く触れないのに、峠族をそのテリトリーの山で表現するあたり、作者の力量に感服します。

多分地元なんだろうなあ。

2018年11月17日土曜日

大山 ハスラー


この時期「デルタカフェ」開店に向けての最終段階でした。

コーヒーの総代理店が、何故か島根県「石見銀山」を本拠としており、歴史地区の町並みの一角にお店を構えていました。

この写真は詰めの打ち合わせのため、母親と一緒に伺った帰りに撮影したものです。

「蒜山高原」へ向かう途中の「奥大山」です。

「大山」は眺める場所で全く趣が変わります。

「松江市」から「米子市」に向かう日本海側から眺めると、「伯耆富士」と呼ばれるにふさわしい見事な円錐形ですが、そこから横の位置になる「奥大山」の要望は全く異なり、ゴツゴツした岩が剥き出しの尾根が連なります。

以前に「松江市」に住んでいたとき、流行り始めたばかりのスノーボードを始めました。

滑走可能のスキー場が「奥大山」にあったので、当時開通したばかりの「米子道」を活用して毎週のように行きました。

もともとは「雪国」に縁のない自分でしたが、おかげで雪の中での行動に慣れることが出来、その環境をそれなりに楽しめました。

しかしときどき天候が急変して、牙をむかれたこともあります。

峠を越え日本海側に入った瞬間から大吹雪で、雪がどんどん積もってきたため、慣れないタイヤチェーンを埋もれながら慌てて装着したことがあります。

直感的に「死」が浮かんできたあの感覚は鮮明に残っていて、一度だけした装着練習がもしなかったら、本当にどうなっただろうかと未だにゾッとします。

「雪山」に対しての油断は禁物です。


2018年11月10日土曜日

鼠ヶ関


東北の「三関」の一つで、日本海側にある交通の要衝「鼠ヶ関」です。

近くに魚市場があり、そこの食堂で夕方近くでしたが新鮮な魚料理を堪能出来ました。

いい腹持ちでウロウロしつつ気持ちよく撮った一枚です。

他の「三関」の太平洋側が「碇ヶ関」、真ん中が「白河城」の近くにある「白河関」です。

東北地方は地形的に山が険しいせいか、太平洋と日本海を横断出来るルートが少なく、必然的にこの「三関」のどれかを通って、縦の北方へジグザグに向かうことになります。

古代においてはこれらから北は「大和朝廷」の領土外でした。

「桓武天皇」以降、本格的に朝廷側からの侵略行動が開始されます。

反対に「蝦夷地」は北へ追いやられ、だんだん縮小されていきます。

ただアメリカの「西部劇」と違うのは、その課程において、有史以来の流れかと思いますが「日本民族」は西から東に向けてどんどん混血化が進んでいきます。

「単一民族」という言葉が何を定義とするのかよくわかりません。

以前にどこかのビール会社社長が「蝦夷発言」で不買運動の憂き目にあいました。

しかし実際のところおかしな話です。

古代末期には、「奥州藤原氏」が統治した約百年にわたる平和な時期という、他の地域では考えられない稀な時代が存在しました。

交易が盛んだったと思われ、「みちのく」が大きな統一単位として、地域交流がより一段と進んだに違いありません。

更にこの後も、鎌倉時代の「守護・地頭」の設置から始まって、室町時代の「守護大名」、安土桃山時代の「戦国大名」、江戸時代の「藩」単位による現代の転勤族も真っ青の「国替え」によって、領地の人民もかなりガラガラポンされています。

偏見を踏まえた事実としても、ずいぶん違うと思うのですが・・・。

まあ、ある程度混ざって均質性が出てくるという点では、「単一」に近いのかもしれません。

2018年11月3日土曜日

出石の庭


写真は、兵庫県「出石(いずし)」の「宗鏡寺」にある苔庭です。

別名「沢庵寺」とも呼ばれ、剣豪「宮本武蔵」の「心の師」的な存在であり、漬け物の「たくあん漬」の由来でも有名な「沢庵和尚」に縁の多い寺です。

ここでは、和尚が作った「鶴亀の庭」や「心字の池」が有名なのですが、個人的には入り口近くの鐘楼下にある写真の庭に惹かれました。

奥に進むに対して微妙に上り斜面になっているためか、かなりの奥行きを感じます。

そのため全体が鳥瞰しやすいので、大きくない石でもより立体的に見えます。

うまい工夫だなと感心しました。

また、風の通り道にもなっているのか木々が少しそよいでいて、「枯山水」庭園なのに「動」の気配を感じます。

構成だけでなく、取り巻く周囲への配慮が、庭に「何か」を生み出しているのだと教えてもらえました。

庭への興味は年々増していて、「庭園」巡りは「旅の目的」に無意識に織り込まれるようになっています。

これからも、更に「わからない何か」を見極めていきたいです。