別子銅山にある「鉄道の線路跡」です。
鉄道好き・歴史好きの両方の嗜好を、これほど満たしてくれる場所が地元にあることに感謝です。
私の子供時代の遊び場でした。
ここでの体験が、自分の好みに大きな影響を与えているのは間違いないと思います。
線路は全く残っていませんが、削岩された「岩肌」とその「幅」に、列車の走っているイメージが投影され、自然と興奮します。
写真は海の玄関口にあたる「惣開(そうびらき)」から、山間部の基地「端出場(はでば)」を結ぶ「下部鉄道」のトンネル跡です。
更に時代をさかのぼると、山頂に「上部鉄道」があります。
明治26年に開通し、同45年に廃止されるまでドイツ製の蒸気機関車が走っていました。
100年以上昔ですが「人が住んでいない」・「災害が少ない」・「保存に努力する人がいる」で驚くほど昔の面影が残されています。
海抜1000m付近の断崖絶壁の等高線を少しずつ下るように、「角石原(かどいしはら)」から「石ケ山丈(いしがさんじょう)」まで銅・物資を運びます。
そこから「索道(ロープウェイみたいに宙づりで荷物を運びます。)」を利用して谷を越え、先ほどの「下部鉄道」の終点駅「端出場」につなげていました。
このような施設は「283年間」の長い歴史の中で、「技術革新」と「銅の採掘ポイント」が動いていくに従いどんどん刷新され、お互いの接点も変わっていきます。
子供の頃は「探検ごっこ」と称して遊んでましたが、大人の目で見ても「本当の探検」の部類に入ると思われ、いつ訪れてもワクワクです。
デルタカフェにある車庫のガラス戸に「鉄道ジオラマ」を飾っていますが、この「上部・下部鉄道」の油臭く錆びた雰囲気をイメージして作成しています。
まだまだ仮置きのレベルなので、更に作り込んでいきたいです。
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