今回取り上げる「北里駅跡」は、廃線跡の関連史跡でも稀有な存在です。
駅のフォーム単独でメインなのです。
写真の通り、天に向かって両端が反った形の屋根や、短いですが堅牢な石造りのフォームは、ここに駅があったことを誇らしげに伝える素晴らしいモニュメントになっていました。
この雄々しいというか、むしろ猛々しいくらいのオーラを感じて、感動のあまりしばらく立ち尽くしてしまいました。
廃線跡巡りの深みにますますハマってしまいそうです。
大分県と熊本県に跨る「宮原線(みやのはるせん)」の熊本県側にあり、既に路線は1984年の国鉄時代に廃線となってしまいましたが、「久大線」の「恵良駅」から分岐して「肥後小国駅」までを結ぶ盲腸線でした。
ここに来る前に終点だった「肥後小国駅跡」にも立ち寄りましたが、おそらく線路であったであろう道路の脇に、駅名標と分岐箇所の線路が残されており、趣のある風情を醸し出していました。
しかし、この界隈は山越えに近い駅だったせいか、周辺がかなり新たに造成されています。
下の写真にある駅名標も、もともと別の位置にあったのが、移設されてフォームに鎮座している様子です。
どの辺に駅舎があって、線路がどのように走っていたのか、識別するのが非常に困難なロケーションでしたが、フォームの先に地下に続く階段を発見。
明かりもなく不気味でしたが、立入禁止ではないので降りてみました。
地下鉄の階段くらいの段数はあり、車を止めた道路沿いの反対側に続くようです。
その階段を降り横に続くトンネルを抜け出て、振り向いた景観が最後の写真で、線路を支えていた石垣の土台がしっかり残っていました。





