奄美大島に住んだ画家「田中一村」終焉の家です。
奄美大島の海岸線を背景に、南洋植物を大きく描いた独特の日本画で有名な方ですが、後世になってようやく評価を得たような印象があります。
体調を崩していた一村が療養のためこの一軒家に移り住んだのですが、10日後に亡くなってしまい、このような名称になったそうです。
69歳でした。
大事に保存されているようですが、南国特有の湿気がまとわりついており、かなり苔むしています。
もともとの生まれは栃木県栃木市で、東京育ち、若くして南画(水墨画)に才能を発揮して、東京芸術学校に入学してます。
今の東京芸術大学で、東山魁夷は同期です。
ここまではエリート街道ですが、学校の指導方針への不満や父の病気などが原因で中退し、南画を描いて生計を立てる道を選んだようです。
これ以降は、様々な職業、住み家を転々としていきます。
奄美大島への単身移住は50歳のときでした。
50代の自分としては他人事とは思えず、この年齢での決断には忸怩たるものを感じます。
一時千葉にも戻り活動したようですが、この大島で最後まで活動しました。
その千葉ではお見合い話もあったようですが、進展なく独身のままです。
染色工とか農業の仕事をこなしつつ、画業に励んだようですが、最後まで画壇に認められることはありませんでした。
病気もつきまとっていて、腰痛や眩暈により昏倒したり、脳卒中も発症、最後の死因は心不全です。
最期の写真は、奄美空港近くにある「田中一村記念美術館」になります。
後世の評価の高まりが、この記念館を作る流れになりました。
この地域の伝統建築をモチーフにした素晴らしいデザインで、多くの一村の作品が展示されています。
しかし、ゆっくり鑑賞させて頂きましたが、どうも彼の画風と建物のりっぱすぎる空間が噛み合ってないような気がしました。
終焉の家にて、通気をしっかりして住める環境に戻し、飾って眺めたらどんな趣だろうと想像してしまいます。