福井県の若狭湾に面する「敦賀」から「福井」方面に向かうルートもそうでした。
以前のブログ「宗太郎越え」にて、自分の斜度に対する感度の無さを露呈していて恐縮ですが、ここは明確に感じました。
昔なら、ここは「若狭国」と「越前国」の国境に位置する地帯です。
ここを通る鉄路・高速道路・一般道のすべてにおいて、急斜面を駆け上る印象が強く、列車のディーゼル音、前方を走るトラックの苦しそうに吐き出す排気ガスの量、様々な乗り物が喘いでいる姿からその厳しさが伝わってきました。
今回は、古くからの主要道路であったであろうルートを探しながら、じっくり進んでみることにしました。
先ず、「敦賀駅」付近の川に「木の芽橋」があります。
ここが起点かなあ、と思いつつ、国道476号線を上っていきました。
昔の駅跡があり今は付け替えられてますが、ほぼ同じルートで鉄路があったようです。
軽井沢と横川間の「碓氷峠」とかもそうですが、列車の登坂能力の性能向上により、更なる移動時間の短縮を目指し、時代ごとに鉄路は見直されて、より直線的になっていきます。
高速道路の登りもこの道沿いでした。
下りは負荷が少ないため、より直線的な別ルートになっていますが、ここが昔から一番登り安い勾配だったことは間違いないようです。
しかし、この476号線も途中でトンネルの直線道路になってしまい、ここから別ルートを探さないといけません。
幕末の天狗党の首謀者である「武田耕雲斎」の本陣となった後があり、その脇から続く山道が古道のようです。
そこから延々とジグザグ道を頑張ると、少し平坦になってきて、最高所の「木の芽峠」に至りました。
写真の通り、多少緩やかでもこの車の角度です。
下の写真により詳細を示してますが、ここは城塞が築かれています。
近畿方面からの敵を防ぐ目的があったようで、戦国時代には、「織田信長」が「朝倉義景」を攻略したときのルートでもありました。
ここから先は、スキー場の中を通り抜けるような道になり、北国街道「板取宿」に至ることが出来ました。
出たとこ勝負の探検でしたが、スリリングな展開で非常に楽しめました。
あまり調べず直感で進む旅は、これからもっと楽しくなりそうです。
怖い試みになりますが、鉄路の廃線ルートを攻める時期かもしれません。