2024年1月27日土曜日

伊豆の夕日


この車「クーペフィアット」に乗っている時、よく伊豆方面に向かいました。

特に東京方面からだと、渋滞を避けて早朝に小田原辺りから東伊豆に入ります。

先端にある下田を目指して走りますが、そのまま向かったり、途中から山側に右折して西に向かいました。

この辺りは、小さくても個性的な美術館が多くあり、食事するところにも事欠きませんので、昼過ぎまでのしばらくは、散策していることが多かったです。

午後の後半辺りから西伊豆をドライブします。

あまり開発されてない地域で、道路も狭いのですが、交通量も少なめのため、まあまあ快適にドライブ出来ます。

ドライブで目指す目的地はだいたい行っているのと、早い時間帯に東海道方面に向かうと大渋滞に巻き込まれてしまうため、焦ることもなく何となくダラダラと走ります。

最大のポイントは「富士山」に尽きます。

以前にも取り上げましたが、北上するにつれて近づいてくるのが堪りません。

しょっちゅう車を止めては撮影しました。

夕刻は、西日を受けて赤富士となるため、より赤さを求めることになります。

この写真は、その撮影中に振り返ったものです。

車の向いている先の延長線上で、まさに夕日が沈もうとしており、自然にこの構図が定まりました。

感じた衝撃が強くて、更に撮った写真を油絵にも仕上げるほど、印象が残りました。

西日本に住んでいると、中々訪れる機会がありませんが、また西伊豆をゆっくりとドライブしたいものです。

2024年1月20日土曜日

杵築の町並み


早朝に大分県杵築市にある「杵築城」に立ち寄りました。

河口の先端にありました。

「一国一城令」で、城としての主郭は取り壊されてしまいましたが、現在は模擬天守が建てられています。

それが、大きな河口から海に向けての景観に、極めて効果的なアクセントとなっており、天守閣としての見栄えの良さを感じます。

海岸線の近くに築城された城は、埋め立て等により、もともとの面影を失っているケースが一般的です。

ここは、往時の風情を感じることが出来ました。

小島だったところを、北側は城下町の建設段階で埋め立てられたそうで、近年の開発ではないからだと得心しました。

驚いたのは、写真のようにその城下町が立派に残っていたことです。

予備知識がなかったので、何故この場所に大規模な街が建設されたのかも不思議でした。

五奉行だった「前田玄以」を始め、数万石の大名しか居城しなかったはずです。

後で調べたのですが、商港として発展したからだそうです。

「七草表(しちくさおもて)」と呼ばれた「琉球畳」の素材となる草が、国東半島で生産されるようになり、出荷に対してここに集積されるようになりました。

商都してこの規模に拡充されていったようです。

確かに立派な坂道の名前には、商家の名称が多いと思います。

坂のアップダウンにより、街並みに立体感が生まれて、非常に奥行きを感じます。

城下町は、台地でも筋を通した平地になっているケースが多く、このような事例を始めて観ました。

散策も、鄙びた感じはなく、栄えた街の息吹のようなものが伝わってきました。

城跡探訪の途中で、良い拾い物をした旅でした。



 

2024年1月13日土曜日

すずらん号


北海道の「室蘭~札幌」間を主に走る特急です。

北海道は「花」の名称を冠して走る特急が多く、しかも継承されています。

調べてわかったことですが、「すずらん号」も、多くの車両につけられ、変遷していたのに驚きました。

私にとっての「すずらん号」は、この写真にある「781系」です。

少し丸っこく見えるボディに、うす紫のラインが入ります。

加えて、すずらんのマークが薄緑色に光り、夜の世界に非常に愛らしく見えます。

すずらんが、ひっそりと丸っこく咲いているイメージが浮かびます。

何でしょうか、スマフォのソリッドな明かりとは、全く違うのです。

この写真から見る明かりでも確実に癒されます。

当時は「夜行」がまだまだ多い時代でした。

北海道は特にその本数が多く、宿に一泊もしなくても、車中泊のみで周遊が可能でした。

「乗り鉄」にとっては夢のような時代です。

今はもう存在しません。

ただ欲を言うと、世代としては、定期運行している「蒸気機関車」は経験出来てません。

一世代上の方から当時を伺って、いつも羨ましく思います。

そんな過去への想いと情熱があるから、「鉄道ジオラマ」を作成するとき、いつも古めの時代設定になるんだろうと思います。

蒸気機関車は必須です。

スマフォの活用時間が増える中で、自分の体で体感して「記憶」しておかないと、「想い出」が生まれないと感じることが多々あります。

個人的には、人に見せたり、自慢するのは本質ではなく、どうでもいいことです。

このブログも、自分の「記憶」を「想い出」に昇華したくて、書いていると最近気がつきました。

実際、見てくれている人の数とか全く気になりません。

いい年なので「評価される自分」から、いよいよ決別する時期が来たと、最近思います。

 

2024年1月6日土曜日

椿の紋様と


 今年もよろしくお願い致します。

コロナ明けの最初の正月です。

デルタカフェも10周年を迎える年となります。

日頃のご愛顧本当にありがとうございます。

また、何もしてないオーナーとしては、運営を頑張った母様と妹様に感謝感謝でございます。

自身としては、子供の病気とかをきっかけに、一族で参画出来て、何か困ったことがあれば戻って来れる〝家業〟みたいな営みを作りたいと思ったのが、構想のスタートでした。

それに自分のやりたい趣向も加えて、具現化した舞台が、「デルタカフェ」の土台となります。

そこから先は運営者(母と妹とその他親戚)とお客様にて、この10年近くかけて築いて頂いた賜物だと、それがカフェの味わいになっていると、様子を伺いながらいつも感じ入っております。

写真は、長崎県の「五島列島」にある教会群で用いられている「椿の紋章」です。

ここの特産「五島うどん」は、同じく特産の「椿油」でコーティングされており、滑らかな独特の口当たり・喉ごしが大変美味です。

その椿は、カトリックが地域に土着していく中で、十字架と一体化するような紋章となっていきます。

隠れキリシタンとしては、直接的な紋章を隠す意味合いもありますが、自然に融合していったように感じます。

しかも金属でなく木で作られている点も、和様のイメージを強めて、より馴染んでいます。

強いコンセプトは、何かを起こすとき大事だとは思いますが、どう周囲と馴染んでいくかの粘り強い過程が、やりたいことの成否を分けます。

やりたいことの10年の流れは本当に早く、逆算でやりたいことを計画しておかないと、〝後悔先に立たず〟になりかねません。

これからも、面白そうなことを試行錯誤出来る店でありたく、引き続きのご愛顧よろしくお願いします。