パリはあまり高い建物がないせいか、この塔の高さは今でも際だっています。
わが家と同色の「プジョー3008」が通りかかり、あわててシャッターを切りました。
日本よりもやはり似合う気がします。
1889年のパリ万博の目玉として建造され、当時ぶっちぎりで世界一の高さを誇る建造物になりました。
これが出来ることでの景観の変化に、パリ市民の動揺は相当なものだったでしょう。
賛否両論が強く渦巻いたことは間違いなく、特に芸術家の多くは反対派だったそうです。
文学者のモーパッサンは、カフェにてわざわざ見えない席を選んで座ったとのことでした。
実際にパリを散策していると、通りの店を眺めなら歩いているため、どの程度歩いたか曖昧になることがあったとき、自然とこれを探して地図と併せて確認していました。
幸い旅行中は天気もずっと晴れていて、いつもよく見えました。
フランス映画の背景描写に登場することも多く、和やかに平和を感じる塔です。
しかし20世紀初頭の取り壊しの危機を、軍用の無線電波を送受信する役割を与えられたことで乗り切っています。
第一次世界大戦でもドイツ軍へ妨害電波を出したりする役目があったそうです。
フランスは、ナポレオン以後の近代史において、戦争で敗北が多い国です。
そのため、闇歴史はかなり多いと、散策していて感じ入った次第です。
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