2018年5月5日土曜日

沈下橋


ご存じ「四万十川」の「沈下橋」です。

川沿いを走ると数が多いのに驚きました。

観光目的であえて残しているのではなく、今も生活に根差していると実感します。

社会人となって東京や大阪に住むまでは、全国的に「超」有名な川なのだという認識が全くありませんでした。

上京するまで「ポンジューズ」が全国区であると知らなかったのと同じレベルです。

「自然」のイメージがこれほど強い川も日本全国を見回してもなかなかありません。

都会の方々の「憧れ」が尋常でない気がします。

私自身もその価値を再確認すべく再訪したかったのですが、愛媛に帰省したときでもなかなかここまで足を延ばせませんでした。

この写真は、漸く河口から上流までドライブしたときの一コマです。

思っていた以上に川沿いの道も整備されていて快適でした。

中村市内の食堂で食べた「天然うなぎ」が美味だったことも思い出します。

実はほぼ同じ構図で描いた「白黒の絵」を店のトイレにしばらく飾っていました。

描きたいくらい魅力的だったのだと振り返りつつ、また新たな「再発見」に訪れたいです。

2018年4月28日土曜日

洲本オリオン


「淡路島」の「洲本市」にある映画館「洲本オリオン」。

残念ながらもう閉館しています。

大胆にも車を正面入口へ横付け出来るのもそのためです。

毎週聴いていた映画特集のラジオ番組で、公開上映する企画があり、その第1弾にここが開催地として選ばれました。

(ちなみに第2弾開催地は「佐渡島」の閉館した映画館でした。)

何となく映画「ニューシネマパラダイス」を彷彿させます。

後日取り上げると思いますがその映画が好き過ぎて、主人公「トト」の故郷「ジャンカルド村」となったイタリアのロケ地を訪れたくらいです。

光をいっぱい浴びた背景なのにいつも漂っている「侘しさ」。

人生における「耐性」のようなものをこの映画は教えてくれたと思います。

写真の奇抜なオレンジ色の外観も、この映画館が存続するための「苦悩」を体現していると感じます。

旅先の飲み屋とかで、地元の方々と偶然会話する機会があるとき、映画が話題になるときがままあります。

その際に地元にあった「映画館」の話を聞くことがあります。

私も好んでよく聞き返します。

昭和のもっともっと盛り場に活気があった時代の話はもう儚い昔話とわかっていても楽しいです。

大抵は映画館自体がもう消滅しているので、出来るモノなら「箱」としてだけでも残して欲しいものです。

昭和生まれにとって、地元における「ノスタルジー(望郷心)」の源泉かもしれません。

2018年4月21日土曜日

水草水槽


「東京スカイツリー」に併設されている「墨田水族館」の目玉である「水草水槽」です。

薄暗い入口から上っていく階段の視線の先に、お客様を迎えるべく鎮座しています。

明かりが水槽の水を通じて私達に届くので、視覚的に優しく感じます。

トリッキーな魚の動きが少ない分、水草のたわやかな動きがしっかり観てとれ和みます。

少し前までは、「珍しい魚」や「水槽の大きさ」等の規模で競うような風潮があったと感じていますが、「癒し」を軸に、「水族館」・「顧客」ともに基準が再構築されていっているような気がします。

かく言う私も「めだか」を数匹飼っています。

しかしここからのグレードアップ(=循環器や照明、本格的な「水槽」の購入)は、家のスペースのなさや、恒常的に発生するメンテ、維持するためのコストも考えると、憧れつつも正直気が重く手を出す気になれません。

そのかわり、水槽とすべき「器」に凝りつつあります。

また苔・石・砂・流木を使ったレイアウトを考えることで、何となく新しい境地が開けそうで結構楽しいです。

少しずつですが新しい趣味として育てていっている最中です。



2018年4月14日土曜日

秋山神社の桜


近所にある「坂の上の雲」の主人公「秋山好古・真之」兄弟を祀った神社です。

しかし仕事帰りにこの前を通ると、よく合気道や柔道の教室をやっていて、神社というよりも地元の武道場としての機能を果たしています。

週末の土日は観光客も訪れる観光地でもあり、お城下の古き良き松山が凝縮されている空間だと思います。

桜の木が道路に迫り出しており、つぼみの膨らむ状況が手に取るようにわかります。

松山に住み始めて、春の到来をこの神社で確認していると言っても過言ではありません。

写真の馬に乗っている方がお兄さんの「好古像」で騎馬隊を指揮していたイメージが投影されていると感じます。

桜の幹で死角になっていますが、兄と視線を交わすように「真之像」の凛々しい胸像があります。

どうせなら両方とも全身像で合わせたほうがバランスがいいように思いますが、何か大人の事情でもあったのでしょうか。

記念館もあるので、入館したらわかるかもしれませんが、お金を払って入るにしてはショボそうなのでまだ実現してません。

満開の桜を堪能しつつ、いつもボンヤリと考えています。

本気の興味がないのかもしれません。

2018年4月7日土曜日

青木湖


長野県にある「青木湖」です。

明け方「新宿」を出発し、「松本駅」にて日本海側へ向かう「大糸線」に乗り換え、「大町駅」で下車しました。

そこから「折り畳み自転車」で散策です。

今回は珍しく「雰囲気」重視の旅です。

ガチな「城巡り」もなければ「鉄道路線制覇」の目的もありません。

地図を眺めていると、小さい湖がいくつか集まっていて楽しそうに見えたので、春先の自然を純粋に感じたいと思ってやってきました。

長野県は、よく目にする「道祖神」が教えてくれるのか、目的もなく何気なく見つけた景色に「美」を感じる瞬間が多いです。

「わび・さび」を企まない、無理のない「味わい」というか、緻密に計算された「美」でないところに、「緊張」と対極する「安らぎ」が生まれる気がするのです。

写真も花は少し咲いているだけですが、「フワッ」と、朝方の淡い背景に溶け込んでしていて和みます。

一面を埋め尽くすようなインパクトがあるわけではありませんが心に残ります。

「自然体」でいられることの大切さを感じる景色です。

いい旅でした。

追伸:

この文章を書いた後、衝撃の事実を知りました。
  
なんと「犬神家の一族」にて「スケキヨ」が足を突き出して死んでいた湖は、ここがロケ地だったそうです。

言われてみれば花の開き具合が、あのときの足の形容と似てるような気がします。

自然を求めて旅しただけなのにマニアックな縁です・・・。




2018年3月31日土曜日

辰巳明神


さすがに「船越英一郎」は歩いていませんでした。

ご存じ、京都の「辰巳明神」にある満開の桜です。

ここでいきなり数か月前の秋に訪れた話に遡ります。

そのとき私は、「母・母の妹・嫁さん」の三人の従者でした。

「運転手をしなさい。私たちは着物で行動します。紅葉のシーズンなので名所は外さずに。それで無理なく京都を楽しめる一日コースを考えなさい。」

結構な無茶ぶりです。

まあ普段一人でプラプラさせてもらってもいるので、仕方なくプランニングしました。

当時住んでいた大阪の「枚方」を朝出発し、先ずは「南禅寺」を車に乗ったまま眺められる穴場ルートで、東山界隈を北上して「詩仙堂」の枯山水庭園を見学。

そこから更に北上して、岩倉「実相院」の黒光りする床に映える紅葉を堪能。

「鞍馬」は混むので一本街道を東に避けて、北限の「三千院」まで足を延ばしました。

折り返して洛中に戻り、「祇園」で夕食のあとラストがこことなったのです。

ここの夜の風情はどの季節も格別ですが、特に春は「粋」に感じます。

秋と同様に、幾人かの旦那衆が芸妓さん連れて歩いていました。

桜の中での、彼女達の出で立ちは別次元の華やかさです。

写真の通り見事な桜の下を芸妓さんという「花」が舞うように歩いています。

これぞ京都の風情だなと感激しました。

男ならば「生涯に一回くらいは連れて歩いてみないとな。」と思いました。

高い目標ですが・・・・、車が買えるかもしれません。

やっぱり車かなとも考え直しました。

どこまで行っても「小市民」な自分です。


2018年3月24日土曜日

西伊豆②


今回で、西伊豆ネタは3回目です。

前回は伊豆半島「先端」寄りの「西伊豆」で、雄大な太平洋を背景に起伏に富んだ景勝地が楽しめました。

今回は「駿河湾」寄りの「西伊豆」の話です。

ここからの背景の主役は何と言っても「富士山」です。

だだでさえ素敵な「伊豆半島」の景観に、「沼津方面」へ向かう帰り道は「富士山」がチラチラ入ってきます。

しかも「たちが悪い」ことに、近づいてだんだん大きくなってくるので、よりきれいな「富士山」が撮りたくなって何回でも車を止めてしまいます。

撮影による「富岳三十六景」が作れそうな勢いです。

すごいカメラ装備で撮影している人も結構見かけます。

普段はタイミングだけでささっと撮ることが多いのですが、完全に自分が「撮影モード」に入ってしまいました。

この写真は最たる「モノ」です。

「凝り性」が強く出てしまい、車の陰影をキッチリ決めたくて何回も車を動かし、自分も斜面を動き回ってポイントを決めました。

このあとも見所が延々とあって、車がなかなか前に進みません。

結局暗くなるまで「富士山」を撮影する羽目になりました。

予定では「沼津」で寿司を食べるつもりだったのですが、優雅な気持ちになれず「吉野屋」の牛丼を食べて帰りました。