2018年9月15日土曜日

格納庫


松山空港の近くに、戦時中の飛行機用の格納庫を兼ねた防空壕があります。

戦闘機が見えていれば、空襲の際に標的になってしまうため全国各地で作られたようです。

旅をしていて偶然見つけることがありますが、ほとんどが朽ちかけています。

良好でも空間に農機具が放り込まれて、土まみれ埃まみれに雑に使われている感じです。

当時飛行場であったであろう周辺は農地に転用されており、そのまま仕方なく活用されているのだと思います。

しかしここのは、写真をみると空間をうまく塞いで小屋として活用しています。

壁の色合いも良くお洒落です。

農機具や作物を収納しているのかと思われますが、実際のところはわかりません。

想像がむやみにかき立てられます。

私なら絶対に車のガレージとして使用したいと思いました。

思ったより空間が大きければ、「デルタカフェ松山店」でいけるかもしれません。

松山は太平洋戦争末期に、最新鋭機「紫電改」が開発され飛び立った場所です。

「ひょっとしたらここに格納されてたかも。」と考えると、自分も田畑で何か面白いことが出来ないかとワクワクしてしまいました。

この好奇心をフル活用して、実家の農地で今後負けじと何かやってみたいです。

2018年9月8日土曜日

淡路要塞


春先か秋晴れのとき、ピクニックにでも使用すればよさそうな円卓ですが、軍の砲台跡をコンクリートで固めたものです。

上から見ると円の形が、明瞭にその痕跡を残しています。

イスも加えると十字架みたいな配置で墓標にも見え、静かな太平洋を背景に空虚な雰囲気が漂っています。

ここは「由良要塞(ゆらようさい)」跡です。

淡路島の東南端に位置し、紀伊水道から大阪方面へ侵入する敵艦隊を阻止すべく築かれた近代要塞です。

淡路島は瀬戸内海での防衛上、重要な位置にあるため、どの先端にも本州・四国と海を挟む形で両岸に要塞が築かれました。

しかし交通の要衝でもあったせいか取り壊されているものが多いです。

例外として辺鄙な場所にあるため、この要塞だけはかなり綺麗に残っています。

赤レンガで築かれた武器庫等の遺構は見事です。

ここのみならず「大日本帝国」は海防の危機意識から明治・大正期に全国各地に同様の要塞を築きました。

しかし幸いにも太平洋戦争まで本土が攻められることはなかったので、実戦での活用は一度もありませんでした。

昭和の時代になると、明治・大正期の設備は旧式過ぎてそのまま使用を放棄され土に還っていく雰囲気が漂います。

自分の大好きな閉鉱された鉱山に似た風情です。

今後、本格的に「城巡り」に続くジャンルとして取り組みたいと思っています。

2018年9月1日土曜日

神岡鉄道


今は廃線となった「神岡鉱山鉄道」の終点「神岡駅」からの夕暮れです。

以前に完乗していたのですが、すぐの折り返しで戻ってしまったので「駅」自体をしっかり見学出来てませんでした。

それで今回は、あえて車で立ち寄ったのです。

駅のフォームに向かう際、学校のプール場とかで見かける半地下の薄暗い着替え室のような、長い通路を通りました。

湿ったコンクリートのカビた臭いと何故か塩素のような薬品臭も漂っていて、ただならぬ雰囲気です。

個人的なレーダーも少し反応しています。

ただヤバいほど感じなかったのと廃線が決まっていたので、ここが見納めと勇気を出して進みました。

何とか無事フォームに到着しました。

・・・よかったです。

今こそ「ニュートリノ」に関する光電子倍増装置の「スーパーカミオカンデ」で有名な土地柄ですが、一昔前は教科書に登場した公害「イタイイタイ病」が発生した地域です。

「神岡鉱山」が流れ出たカド二ウムが「神通川」流域を汚染したのです。

工場より立ち上る煙を眺めつつ、怨霊がついてこないようにと、何故かフォームに祀られている写真の「大黒様」に手を合わせました。

「鉱山」・「公害」・「廃線」。

かなり怖い組み合わせかもしれません。

2018年8月25日土曜日

北の果て


この写真は、自分が地球上の一番北まで行った場所です。

「フィンランド」を突き抜けた「ノルウェー」の北、つまり「スカンジナビア半島」北端近くの島で、眼前の海は「北極海」です。

この先に「北極点」があります。

「フィンランド」の首都「ヘルシンキ」から約1800キロを、レンタカーで車中泊をしながら向かいました。

「はるばる来たぜ。」と心の底から思いました。

よく行けたものだと。

削られた岩肌に立つ、石組みらしき素朴な構造物は何のためにあるのかわかりません。

しかし漠然としているのに、道中どんどん高い期待値となっていった「北の果て」のイメージを全く裏切りませんでした。

この景色にずっと待ってもらっていたようです。

何故行ったかというと、突然芽生えた強い好奇心からでした。

「フィンランド」に行く計画を立てるべく地図を拡げていたら、北端に橋がかかっている小島を偶然見つけました。

「何故こんな最果ての島にわざわざ橋を?」と考え出すと気になって仕方がなくなったのです。

しかし実際行ってみると、「橋」ではなく「海底トンネル」でした。

なんと島は、軍の「レーダー基地」なのです。

よく考えれば、田舎の道中なのに何車線にもなることが何度もあり、おそらく緊急用の「飛行機の滑走路」でした。

トンネル内にも秘密のゲートらしきものがありました。

対「ロシア」防衛であることは明らかで、北欧は過去に侵略を受けた歴史があります。

未だに「ロシア」は、「バルト3国」および「フィンランド」周辺を、「ロシア帝国」の歴史的な流れからか、自国の一部と思っている節があります。

清楚なイメージの北欧ですが、実際に動かないと理解出来ない厳しい現実を突きつけられた思いがします。

貴重な体験の出来た道中でした。

2018年8月18日土曜日

磐越西線


東北地方を走る線で一番「花」のある線だと思っています。

福島県の「郡山」と「会津若松」、更に新潟県の「新津」を結び、東日本における列島の大半を横断する大動脈です。

また豪雪地域なので冬場にはよりライフラインとしての重要性が増します。

幹線であるにもかかわらず、観光列車「SL磐越号」が走っているので、沿線の風景は旅情に満ちたものです。

それに関連する専用駅弁等のグッズも充実、観光マップも各駅の歴史的な変遷がわかるように丁寧に作られていて、沿線の地域全体で「町おこし」ならぬ、「線路おこし」を一生懸命やっている印象があります。

ここ「会津地方」は山間部になるため、列車が険しい勾配を上っていく様は迫力があります。

しかも鉄橋が多く、列車が渡る度に山と川が左右で入れ替わるので、目まぐるしく景観が変化して非常に刺激的です。

しかし「乗り鉄」としてはワクワクが続いて楽しいのですが、「撮り鉄」としては変化が激し過ぎて撮影ポイントを見逃すことも多く、少々ストレスが溜まります。

写真のような大きな鉄橋を始め、魅力的な被写体となる構造物が多いのでゆっくり構えて撮影したほうがしっくりくる感じがします。

次回訪れたときには、列車の勇姿をこの橋の下からキッチリ収めたいなと狙っていきます。

今日はこのまま帰ります。

2018年8月11日土曜日

地球岬


アイヌ語での地名の語感と、岬から見える水平線がかなり丸く見えて「地球」を実感出来るため、この名前がついたそうです。

北海道の「室蘭」にあります。

写真のように海岸線に続く断崖絶壁の一番先端かつ高いところに位置します。

パノラマビューになっていることは勿論ですが、「ドローン」の空中カメラから覗くような下方への広角感が半端ありません。

確かに「地球」が実感出来ます。

希に見る絶景でした。

またここは「恋人岬」としてチャペル風の鐘が設置されており、天気も良かったせいか「岬」独特の暗さがありません。

個人的には暗いのもそれはそれで好きですが、最果ての景色をみて「未来」とか「希望」を感じるのは新鮮でした。

もともとは寂しいところで違ったのでしょうが、いい意味での「観光整備」が出来ているからだと思います。

そういえばこの地域に「宇宙軒」なるラーメン屋さんがあったはずです。

寝台列車に乗っていて、変わった暖簾を発見したので興奮しました。

味は全くわかりません。

とにかく立ち寄りたかったのですが、旅行の行程が過密スケジュールだったので忘れてしまいました。

今この文章を書いていて思い出した次第です。

また行かないと。

2018年8月4日土曜日

蕎麦遊学


船橋に住んでいた頃、お取引先の縁があって「そば打ち」の同好会に入ることになりました。

「蕎麦遊学」という名称で、月2回横浜にいそいそと通っていました。

私以外は全員年金生活者でした。

といっても、間違いなく副収入のほうが断然多いであろう「有閑じじい」様達です。

蕎麦好きが高じて名店巡りでは飽きたらず、旬な各地の蕎麦粉を取り寄せて、自分好みを打つ。

私が言うのも何ですが、非常にマニアックな方々です。

ツユまで作ります。

ある意味贅沢な老後を彩る会ですが、みんなド真剣で体育会系です。

独自の昇段試験も定期的にありました。

ちゃんと打てないとランクダウンもあるのです。

仕事以外でのランク付けは勘弁して欲しいと思いつつも、もともと蕎麦好きなので何とかついて行きました。

この写真は、夏合宿の舞台である山荘に向かう道中に、少し寄り道した山頂からの景色です。

東京から箱根に向かう少し手前にある「丹沢山系」の「山北」という行き止まりの地域で、眺望は抜群でした。

すぐ下には牧場もあり、搾りたての牛乳が飲めて最高です。

山荘では「有閑じじい」様達のコネクションをフル活用して、雑誌に出るような名店の大将まで招きました。

そして実演してもらい、その後練習、〆はみんなの蕎麦に酒のつまみを加えての宴会です。

私の担当は何故かカラオケの選曲係でした。

ちょっとしたDJ役で、勝手に曲をどんどん入れておいて、歌いたい曲をみんながめいめい群がって唄うのです。

思い出せない曲名を、印象だけで選曲してビンゴしたときはかなり盛り上がります。

しかし転勤してからは蕎麦を全く打っていません。

そば打ち道具も一式揃えているので、何処かのタイミングで復活出来るキッカケが欲しいと、テレビの懐メロを耳にして最近よく思います。