2017年3月4日土曜日

夜行始発


よく「夜行列車」の話題をしますが、何がそんなに楽しいかと言えば、出発の直前まで一杯やっていて、いつ寝てもいい状態で大好きな列車と旅立てるからです。

今回は暴風の「宗谷岬」を訪問した日の続編です。何とか折り返しのバスにて、日本最北端の「稚内駅」にたどり着きました。

目的としていた岬の「最北端」という名のラーメン屋も閉まっていたので、昨日の夕方から何も食べていません。

飢えと寒さで昼前にも関わらず相当疲れていました。

しかし駅近くで偶然見つけた、おばあちゃんが看板娘になっている店で、戦前からやってそうな雰囲気の「塩ラーメン」に感激しました。

大きな麩が入っている印象しか残っていないシンプルなものでしたが、塩味があんなに体に染みたことはありません。

かなりの空腹状態だったので比較は出来ませんが、最も印象に残る味わいでした。

市内と郊外の温泉施設をフラフラして、夜はご当地名物「水タコのじゃぶしゃぶ」です。

大きな昆布(おそらくご当地もの)一枚が底にしかれ、野菜はレタスがメインです。

意外に感じましたが、このとき鍋とレタスの相性が良いのを初めて知りました。

昆布の出汁がよく出ていて、さっぱりと具材によく絡みます。

初体験の水タコは、瀬戸内海のタコよりも淡泊で歯ごたえが軽やかです。

しっかり噛んで味わうよりも、のど越しで楽しめる感覚でした。

ビールだけでは物足りなくて、珍しく日本酒も追加で頼みました。

写真は長旅の折り返しを待っている札幌行きの列車で、このまま乗り込んで朝までぐっすりです。
(あくまでボックス席ですが、寝れる人はちゃんと寝れます。)

今、このような至福の機会を与えてくれる「夜行列車」が減ってしまい寂しい限りです。

2017年2月25日土曜日

津山城


撮影ポイントまで「雪中行軍」でした。

何度もこの城は訪れていたのに、なんでこんな場所まで行ったのは自分でも不思議です。

有名出身者にB'zの稲葉さんがいて、道中によく通った喫茶店とかが紹介されていました。

大好きな曲が多いので自然と頭の中でリフレインされてしまい、テンションが上がってしまったからかもしれません。

ついつい挑戦してしまいました。

城主は「織田信長」の小姓「森蘭丸」の弟である「森忠政」が築城しました。

「本能寺の変」や「小牧・長久手の戦」で、兄弟が短命で生涯を終えてしまう中、一族を存続させ、明治維新まで生き残りました。

「津山」は岡山県の一部である「美作国(みまさかのくに)」の中心地です。

超マイナーな国ですが、「美作三湯(湯郷・奥津・湯原)」や「蒜山高原」・宮本武蔵の出身地である「大原」などやや渋めの観光地が多いです。

「横溝正史」の推理小説ネタの伝承も多く、おどろおどろしい雰囲気が大好きです。

このブログで紹介したいネタが多いと思います。

2017年2月18日土曜日

津軽②

 



前回からの続きですが、作家「太宰治」がここの出身地です。

津軽鉄道「金木駅」の近くに「生家」があり、太宰治記念館「斜陽館」として国の重要文化財の指定を受けています。

(この写真は、夏に車で訪れたときの撮影です。)

豪奢かつ広大な間取りですが、太宰が常々語っていた「家族内階級」なるものを、私も何となく感じました。

部屋の多い大きな家も考えものです。

太宰の作品には、「人間不信」に基づく根暗な作風が多いです。

そこに今だからこそ、魅せられる要素があるとも思います。

しかし「津軽」という作品には、その太宰の心に光明が差し込んでくる場面があります。

自分の子守役だった「タケ」に、彼女の実家近くの運動会で久しぶりに再開するシーンです。

人と、膝をつき合わせて生活してきた記憶って大切なんだと、しみじみ思います。

最近あまり使ってない「こたつ」は、「家族」という単位にとって、日本ならではの大事な装置ではないかと考えてしまいます。

その日の宿は近くの「金木温泉旅館」でした。

昭和を残したままの鄙びた公衆浴場が併設されていて、番台に「タケ」みたいなおばあちゃんが座っていました。

湯上りにそのおばあちゃんと一緒に、「おしんの再放送」と合間に入る「イラク戦争のニュース」を見たのを思い出します。

私一人しか宿泊者がいないらしく、ずっと二人だけでした。

定番のコーヒー牛乳を飲みながら、「おしん」の場面と重なるようなリアルな「昔話」を、しばらく聞いていたのが懐かしいです。

2017年2月11日土曜日

津軽①


青森県津軽地方を走る「津軽鉄道」の車窓からの景色です。

雪景色でも豊饒な地域だと感じる田園風景です。

この地の統治者である「津軽氏」は、もともと「南部氏」と同族で、代々「津軽地方攻略司令官」だった家柄です。

が、本家との抗争を覚悟のうえで、独立して戦国大名化していくだけの魅力がこの地にはあると思わせます。

また、この日は明確に覚えていて、アメリカを中心とする連合軍がイラク戦争を始めた日でした。

自分と関係ない地のことですが、何故か妙な緊張感で乗車したのを覚えています。

話を戻しますが、この鉄道の名物は「ストーブ列車」です。

車両の中でスルメや餅を焼いているシーンがテレビにもよく取り上げられ、ローカル線としては全国的に有名です。

このときは残念ながら時間が合わず「ストーブ付き」には乗れなかったので、また行きたいと思っているのですが、最近「真夏のストーブ列車」なるものがあることを発見しました。

津軽三味線のライブ付きらしく、車内温度は50℃を下回ることはないとのこと。

強烈に興味が湧きます。

暑苦しい音と熱気の中で、どうやって冷えたビールを飲んでやろうかと真剣に考えています。

2017年2月4日土曜日

四日市あすなろう鉄道




「あすなろ」ではなくて「あすなろう」です。

「明日に向かう」と、この後の話題となる「ナローゲージ」との造語らしいです。

三重県にあります。

「あれ、近鉄線では?」と思っていたら、近鉄の「岡部線」と「八王子線」が、最近になって第三セクターとして名称変更したそうです。

ここの特徴は、何と言っても写真の小さな車両です。

(黄色い車体の運転手が真ん中にいるサイズと、青い車体の側にいる車掌の身長と、それぞれの車両で比較してみてください。何となくわかるでしょうか?)

デパートの屋上にあったミニチュアの風情が漂っていて、ムチャクチャかわいいです。

先ず線路幅の話ですが、世界で一般的な「標準軌」は日本において「新幹線」や「関西私鉄」が使用しているのみの規格で、日本の在来線は小幅の「狭軌」が主流となっています。

が、ここは更に小幅の「特殊狭軌」、通称「ナローゲージ」が採用されています。

車両にもその影響が出ていて、内部は両側一列ずつの席配置となっています。

天井の高さもかなり低いので、実際に乗車していると周囲の乗客みんなで「ままごと」をしているような錯覚になります。

楽しくてずっと存続して欲しい路線です。

2017年1月28日土曜日

根室線


真冬の「根室線」です。

「釧路駅」から北の網走へ向かう「釧網線」と東の根室へ向かう「根室線」とに分かれます。

夜行を乗り継いで釧路までやってきて、更に根室方面へ乗り換えて早朝に撮った景色です。

積雪の深さは日本海側のほうがあると思いますが、雪が凍ってガチガチした痛そうな感じは、オホーツク海沿岸の極限の寒さを物語っています。

車内は暖房が行き届いてすごぶる快適なのですが、一歩外に出ると寒さの感覚が全く違います。

マイナス10℃までは体感したことがありますが、軽くそれを上回っていると思われます。

口元の息が凍っていく気配が常にあって、口を大きく開けようものなら喉や胃まで一気に凍ってしまいそうな恐怖を感じます。

写真の外にいる方々はおそらく通勤・通学で寡黙に並んでおられますが、特殊な呼吸法でもあるのでしょうか。

それと、今回はもう一枚写真があります。

もう少し前に撮った日の出直前の景色です。

背景が朝日に照らされるのを見て、「ミレイ」が描いた「麦をまく人」と「晩鐘」両方の絵画が融合したような錯覚を受けました。

憂鬱なことのほうが多いでしょうが、「日々の労働って神々しいな!」と思わせる光景でした。


2017年1月21日土曜日

目黒川


数々のトレンディドラマに登場する東京都目黒区の「目黒川」です。

大ヒットドラマ「ロングバケーション」にて、主演の「木村拓哉」が瀬名君役で、目黒川沿いを夜のシーンでよくウロウロしてました。

それ以降のドラマでも、よくこの周辺の光景を目にします。

土日は多くの観光客が訪れるトレンディな場所で、桜が咲く季節は異常な人手となります。

しかし真冬の平日は写真のように非常に静かです。

桜の枝が川面に向かって落ちるように伸びていて、直線基調の「灰色のコンクリート壁」に、桜特有の複雑な曲線の枝が、「黒い影」を作っています。

冬の淡い光が川の水に少し反射して、寂しいながらも独特の境地が表現されています。

じっと佇んでいると、自分の心が照らされているようで非常に落ち着きます。

まさしく「宮本武蔵」の「寒流 日を帯びること 鏡の如し」です。

仕事でこの界隈に伺う機会が多かったので、合間によく黄昏(たそがれ)てました。

いい時間でした。