2018年3月17日土曜日

日立


茨城県にある「日立鉱山」の「大煙突」です。

大正時代に建造したモノで、何と高さは約155mあったそうです。

煙害被害の軽減に一役買い、「鉱都:日立」の象徴的な存在として君臨しました。

存続のために修理しようとしていたらしいのですが、打開策が見いだせないうちに、平成になってとうとう倒壊してしまいました。

写真は現在の「3分の1」になった状態ですが、それでも結構な迫力です。

公害対策の経緯は、何か「新居浜」とカブるイメージがあります。

実家からもよく見えるレンガ作りの角張った「生子山(通称:煙突山)」の煙突は、しっかり保存されていて「別子銅山」の存在した記憶を留めてくれて嬉しい限りです。

しかし瀬戸内海に浮かぶ「四阪島に」の「大煙突」については他人事ではなく、「日立」での倒壊があったせいなのか、残念ながら安全性を考慮して近年取り壊されてしまいました。

一度は行って観てみたいと思っていたので残念です。

話が飛躍してしまいますが、「モノ・コト」に対する「物語性」に重点を置いた販売戦略を選択する場合、それが培われた「歴史的背景」のアピールは大きな前提となります。

「過去のヒット商品・長く使用された設備」は「伝説」を構築する重要な「アイコン」です。

世界遺産に登録された長崎県の「軍艦島」が好例だと思うのですが、「産業遺産」の国レベルでの「保存活動」は、今後の「モノづくり日本」をアピールするうえでますます重要と思われます。

「革新的な技術」においても、一朝一夕ではない「重み」のような価値を加えることで「差別化」が生まれます。

西洋の国々はこのような「ブランド」戦略が非常に上手です。

まあ、過去の財産に安易にあぐらをかいていたら、経済活動として滅ぶ要因にもなりかねませんでの「捨て去ること」とのバランスは極めて重要と思いますが・・・。

デルタカフェに鎮座する「ランチア社」のデルタを眺めてそう思います。

2018年3月10日土曜日

青ガエル


テレビ番組「ブラタモリ」の「熊本編」は貯めていた録画で観たので、「熊本大震災」直後のタイミングでした。

「熊本城」を筆頭に「雄大さ」をイメージするものが多い地域だけに、映像に出ていなくても想像した被害が頭に浮かんで、非常に痛ましく感じました。

数か月前の年末に社内旅行で「熊本」を訪れていたのでなおさらでした。

写真はその旅行のときに撮影した『東急5000系電車:通称「青ガエル」』の現役最後となる勇姿です。

懐かしく心地よいコンプレッサーの音を響かせながら元気に動いてました。

今回の旅は珍しく団体旅行なので、「あっ!」と好奇心が刺激されても勝手に立ち止まれません。

それでも多少の冒険はしたくて、朝のバスが出発するまでの時間に朝食を抜いて、「未乗区間」のあった熊本「路面電車」と「熊本鉄道」を訪れた次第です。

「乗る」のが目的だったので、実はこの電車の存在を知りませんでした。

それでも最後のタイミングに出会えたので本当にラッキーでした。

「鉄道の神様」に感謝です。

名前の通りもともとは東京の「東急線」を走っていたらしく、番組でタモリさんは「昔乗っていたんだ。」と番組収録のときはもう現役引退していたので、保管場所までわざわざ行って懐かしんでおられました。

その後の震災で保存に影響は出ていないのか心配ですが、期間限定でも「復興の象徴」として復帰走行出来ないかと、ついつい考えてしまいます。

2018年3月3日土曜日

偕楽園


写真は、茨城県水戸の「偕楽園」と言いたいのですが、正確にはすぐ「そば」です。

場所は間違えて通った場所なので全く覚えていません。

何故かナビがこの畦道をルート指定して入り込んでしまいました。

無事通過出来ましたが「梅園」のど真ん中であり、せっかくなので下車して撮影しました。

白が多めで、写真は少し咲き掛けですが、周囲の紅梅白梅ともに見事でした。

でもやっぱり地味です。

花の形は、工芸的・民芸的にこれほど素晴らしい意匠になる素材はないと思っています。

が、逆にまとまりが良すぎるからでしょうか。

「桃」のように見上げないといけない高さがありませんし、「桜」の枝ぶりのように「枠」をはみ出すような大胆さが感じられないからかもしれません。

「明治維新」でも、どこか職人気質でおいしいところを持っていかれてしまった「水戸藩士」のイメージとかぶる気がしてしまいます。

「偕楽園」も「日本三大名園」に列挙されますが、「兼六園」や「後楽園」と比べるとやっぱり控えめです。

そういえば印象派の画家「ゴッホ」は日本好きで、浮世絵を参考にした「梅」の習作があります。

そのちょっと残念な感じが「アーモンド」や「オリーブ」よりも、個人的には似合っていると思います。

茨城県で派手なのは、「水戸泉」の塩テンコ盛りの土俵入りくらいかなあ。

世界の人から見た「日本人」って、こんな感じかもしれません。

2018年2月24日土曜日

書写山圓教寺


ご存知の方も多いと思いますが、「トム・クルーズ」主演の映画「ラストサムライ」で舞台となった「書写山圓教寺」です。

恥ずかしながら、それまで全くこのお寺の存在を知りませんでした。

「西の比叡山」・「天台宗別格本山」・「西国三十三所第27番」等の数多く呼称があるにもかかわらずです。

規模が大きいのにビックリしました。

「ロープウェー」で上がって山頂に到着しても、そこから中心部の「摩尼殿」へ有料マイクロバスが発着しています。

それに乗らずに早歩きで20分位かかってやっとの到着です。

写真は「食堂」の二階廊下から「大講堂」を脇にして「常行堂」を撮影したものです。

どれも豪壮な建物で、すごく硬派な感じがします。

「トム・クルーズ」が登ってきた通りも含め、映画の雰囲気以上に大きくも見えました。

失礼ながら「坊主の袈裟」よりも「武士の甲冑」のほうが全然似合う空間です。

また「宿坊」での「精進料理」や「座禅」の修業も体験出来るそうで、あらためてメンタル修業に行ってみたい気がします。

「武士道」的な感覚を大いに学べそうです。

ここをロケ地に使った「トム」へのファン度がますます上がりました。

2018年2月17日土曜日

津川


新潟県「新潟駅」と福島県「郡山駅」を結ぶ「磐越西線」の「津川駅」で下車しました。

写真は街中へテクテク向かう途中に、「阿賀野川」にかかる橋から撮ったものです。

「夕暮れ」に思えますが、「日の出」です。

水墨画のような景色にだんだんと赤みが指してきて大変美しく感じました。

右側のアングルから切れている山が「麒麟山(きりんざん)」と呼ばれ、「麒麟」に山容が似ているから名付けられたそうです。

細くて高いからでしょうか?。

また目的地の「津川城」でもあります。

ここは「新潟県」なのですが昔は「会津領」であり、歴代城主は会津藩の重臣が配置され、「越後口」の重要な防衛ラインでした。

「新潟の城」としては珍しく石垣も結構あるそうなのですが、雪が積もっていてイマイチわかりませんでした。

山が急こう配なので必要ないとも思える険しさです。

また「阿賀野川」と城を挟むように、「常浪川」と呼ばれる大きな支流もあり、自然の堀に山が囲まれている構造です。

登城はハードでしたが「本丸展望台」からの景色は、靄が消えたおかげで写真の景色とは対象的に、キンキンの朝日を浴びた状態で拝むことが出来ました。

讃美歌が聞こえてきそうです。

また下山したところに「麒麟山温泉」があり、駅が来るまでの時間ゆったりと出来ました。

「城登り」で冷えた手足を湯舟に入って「大の字になって延ばす」のは本当に最高です。




2018年2月10日土曜日

長岩城


昔の「国」がくっついて「県」になることは多いのですが、「豊前国」は「福岡県」と「大分県」の一部に分けられてしまいました。

そのおかげでこの地域の出来事は、今一つ地理的に把握しづらいです。

もともと「豊前国」だった「小倉」と「中津」の地域が、それぞれ「福岡県」と「大分県」らしく感じられないのはそのせいかもしれません。

今回の「長岩城」のある場所は更に奥まっていて、県境が微妙な位置になるのですが、ギリギリ「大分県」でした。

奇岩が林立する景観で有名な「耶馬渓」の奥地にあり、その岩石の特徴を生かして築城されています。

特徴的なのは、石垣が「土台」だけでなく「壁」まで含めて構築されていることです。

鉱山の集落跡と見間違えるくらい、谷川を囲むように「壁」となった石垣が迫り出ており、なおかつ密集しているため、攻め手はかなりの圧迫感を感じることになります。

また独特の形態として、「銃眼」まで石積みされた筒形の「弓型砲塁」や、写真の「円形砲塁」があり、崖の先端に「トーチカ」風に縄張りされています。

(雪が残って馬蹄形に見える部分がそうです。)

まるで近代要塞のようです。

城主だった「野仲氏」は、入部した「黒田長政」に戦国末期に滅ばされて、以後は廃城となっています。

しかし忘れ去られたおかげで、これだけの遺構が数世紀にわたって残っているのです。

遺跡に関しては、「皮肉な出来事」がよく「結果オーライ」になっていると思います。



2018年2月3日土曜日

小樽運河


意味不明な写真は、説明しますと「北海道小樽市」にある「小樽運河のモニュメント」です。

大雪だったためここまで埋もれていました。

撮影している私も結構埋もれています。

ただ「粉雪」なので、払うとすぐに落ちるおかげで濡れずにすみます。

つい調子に乗って奥深く入ってしまいました。

運河の海面を見ても、「凍っているのでは?」と思うくらい、静寂が支配しています。

厳しいのですが、何か「優しさ」が漂う気配がします。

夏に訪れたこともあるのですが、季節でこれほど空間認識が違ったことに驚きました。

夏は「石原裕次郎記念館」へ先に行った流れもあったからか、「おいらはドラマー!」的にハイテンションになっていました。

運河が目映く、倉庫を改装した店舗が華やかに見えた印象が強く残っています。

しかしこのときは、「北の国から」のテーマ曲が徐々に流れてきそうな雰囲気です。

目の前の「モニュメント」に対しても、「傘地蔵」みたいに服の一枚でもかけないとまずいんじゃないかと、しおらしく思う次第です。

このあと朝から一杯飲みつつブランチ出来そうな店を探す予定だったのですが、何故か食欲を出すのがもったいないような神妙な気持ちになって一食抜いて旅立つことにしました。

「定番の構図」である冬の写真も撮影したので掲載しておきます。