2020年3月14日土曜日

鬼太郎列車


作者の出身地が、その作品ネタを使って「地域興し」を本格的にしたのは、鳥取県の「境港」がさきがけのような気がします。

「水木しげるロード」と命名された通りに据え付けられた「鬼太郎」を含む仲間達の像が盗難被害で大変な目にあったのはバブル末期の頃です。

その後も様々な企画商品が生み出され、写真の「鬼太郎電車」も登場しました。

キャラクターを電車に描いたのも最初じゃないかと思います。

「目玉おやじ」の目が電車のライトに違和感な描かれているなど、デザインも凝っています。

鳥取県「米子駅」と「境港駅」を結ぶ「境港線」を走ります。

乗車は一回しかしてませんが、山陰地方のハブ駅である「米子駅」で、乗り換えを待つ間によく見かけるので親近感があります。

近年「ゲゲゲの女房」で一気にメジャーになった感がありますが、長く積み重ねてきた結果が「鬼太郎」ブランドの確立に繋がったと思います。

この電車がなかったらドラマにつながらなかったかもしれません。

しかも陰から陽への転用も見事です。

小さいときに放映されていた「鬼太郎」はおどろおどろしく怖かったと思います。

どこかに憎めないかわいいキャラが入っているのがいつの頃からなのか不思議です。

リバイバルされたアニメは同じようでも、時代の要求で大きく本質すら変わっていくのだと感じます。

2020年3月7日土曜日

函館港


路面電車に乗るべくはるばる函館までやって来ました。

完乗したときの最終駅は、一番南側の終点になる「谷地頭温泉」駅です。

そのまま近隣の駅名と同じ茶褐色の温泉を堪能しました。

今日はそのまま函館に宿泊する予定だったので、夜景で有名な街中を歩き回るつもりでした。

ここを起点として先ずは函館山周辺を散策しました。

ここが山を時計の中心にすると大体4~5時の方角で、そのまま裾を反時計回りに10時位の際の位置まで歩きました。

(5~10時の位置は海に面しています。)

幕末に開港されてから外国人の居住区に選定されたエリアらしく、洋式の古い建物が多いです。

大小問わずどれもそれなりに意匠が凝っていて見飽きません。

夕暮れときの陰影の変化もあり時間を忘れるくらい楽しめました。

写真は12時位の位置で「函館港」が眺められた場所でした。

特にこの壁に惹かれました。

自分の好きな画家である「佐伯祐三」が描く雰囲気に似ています。

夜の帳が降りてきて夜景に変わるタイミングでもあり、木の枝越しにしばらく見とれていました。

暗くなっていくのが、どんどん絵の具を厚塗りしていくように思えます。

この後街中へ降りていきましたが、意外な事実を発見しました。

閉まって明かりを消した建物の周辺で、不自然なくらい街灯が煌々としています。

どうも一般的に言われる「百万ドルの夜景」は生活の灯りではないようです。

そんなに景気がいい街でもないのに不思議に思っていたことが解決しました。

観光地の看板を維持するって大変だと思います。

この光熱費は、山頂へのロープウェー代で賄っているのかなあ。

2020年2月29日土曜日

大糸線


「大糸線」を完乗すべく、始発の信州「松本駅」から、終点の越後「糸魚川駅」に向けて出発しました。

真冬なのにビックリするくらいの快晴で、白銀の「銀」のほうがはるかに強い世界です。

眩しくてサングラスが必要かと思いきや、列車のガラス窓の上部部分にはブルーの膜みたいなものが貼られていて、日差しを防いでくれています。

おかげで車窓を快適に楽しむことが出来て、写真のような雪山と湖を撮影することが出来ました。

このあたりは「白馬」や「栂池」などの有名なスキー場が多く集まっている地域で、学生時代に車でスキーに連れてきてもらったことが何度かあります。

スキーをしたこともなく都会にデビューしたばかりの自分にとっては、当時のスキーブームやトレンディドラマの世界は憧れの存在でした。

背伸びして頑張りましたが、今思えば似合わないことをしていたような気がします。

誰でも通る道なのかもしれません。
この大糸線の延々と続く雪山の景色をぼーっと眺めていると、忙しいからこその「マイペース」を大事にしていこうとしみじみ思います。

2020年2月22日土曜日

防風トンネル


北海道北端の「稚内」発の最終便、つまり「札幌」行きの夜行列車が出るまで時間があったので、それまで街中を散策することにしました。

日中荒れていた天気もずいぶんと静かになりました。

通りに出ても歩くのに支障はなさそうです。

思い切って先ずは北側に向かいました。

写真は北にある大きな岸壁の内側に造られた防風トンネルです。

思った以上に巨大で、大型トラックでも通れそうな高さです。

その外側は「オホーツク海」に面しています。

そのすぐ北方にロシア領の「サハリン」があり、国境だと思うと軍事施設にも見えます。

実際のところは、波や風避けの目的だけではないのかもしれません。

人気も全くなく正直不気味な気配が漂います。

まだ時間的な余裕はありましたが、このトンネルを通る気にはなれませんでした。

防寒はしっかりしたつもりですが、寒くて酔いはすぐに醒めてしまいました。

そそくさと駅のある中心街に向かい、閉店間際の喫茶店に駆け込んでギリギリまでコーヒーを飲んで座っていました。

でも酒じゃないと体が暖まる気がしません。

こういうときはやっぱりウォッカが必要なのかと痛感しました。


2020年2月15日土曜日

四国の渓谷


東予地域の四国山脈から燧灘にそそぎ込む河川やその支流沿いの渓谷が大好きです。

この写真は「笹ヶ峰」方面にドライブして「加茂川」に戻ってきた橋の風景です。

この界隈には独特の意匠のデザインを持つ橋が多く、この橋もそうでした。

この渓谷沿いの道をドライブすると、四国山脈の険しさを峡谷の角度に感じます。

停車したときに下の川を観るといつもきれいな透明度です。

このときはドライブだけでしたがこの界隈のイメージが、自身のアウトドアをやりたい気持ちの原風景になっている気がします。

東京や大阪に住んでいるときも、憧れてちょこちょこアウトドアグッズを購入して簡単な料理とかをしたりしたのですが環境がイマイチでした。

とにかく人が多く、炊き出しと変わらない感じがします。

少し寂しいというか孤立した雰囲気は漂って欲しいものです。

このあたりは旅情と似ているかもしれません。

しかし愛媛県に住むようになってから、この領域を存分に楽しむことが出来るようになりました。

一時間もドライブすればすぐに目的地につきますが、人はそんなにいません。

少しずつ調理の道具も増えてきました。

もう少し料理に磨きをかけていきたいと思います。

2020年2月8日土曜日

弘南鉄道②


先週はまとめきれず二部となります。

ここで取り上げたいのは、この鉄道の名物列車です。

乗車出来るわけではなく、除雪をするラッセル車です。

写真の「キ100形」という黒い小型車で、後ろに赤色の電動車「ED22形」を連結してセットで機能します。

この鉄道のマスコットキャラにもアレンジされており、こじんまりとタッグを組んで雪かきしている姿が最高に愛らしいです。

これを拝むのが今回の旅行の最大の目的でした。

一部で取り上げた「中央弘前駅」から、おそらくですが「モハ1524」に乗りました。

これも鄙びた感じが最高です。

好天のため日差しが反射して雪景色が眩しいです。

目を細めて眺めていたら、数駅先のフォームで早速出会いました。

私が乗る列車のすれ違いを待っている状態で、除雪の真っ最中でした。

思った以上に小さく、コンプレッサーの良い音が響いています。

下車して撮りたかったのですが、その乗降時間がなく窓越しでの撮影しか出来ませんでした。

それなりに写真は撮れたのですが、ずっと眺めていたい衝動が強く、鉄道模型を購入しようかと真剣に考えています。

でも高いので結構迷っています。

しかしこの「弘南鉄道」は雪路線として最高でした。

「津軽鉄道」の「だるま列車」と併せてじっくり眺めに訪れたいです。

以下の写真は、別の機会に伺った「キ100形」の勇姿です。

やる気を感じます。

こちらは後方から見た「ED22形」で、前方に接続された「キ100形」を押して作業をします。

このジオラマは是非製作してみたいです。

除雪される雪の表現が難しそうです。


2020年2月1日土曜日

弘南鉄道①


雪景色の鉄道風景は大好きです。

厳しい環境であればあるほど、鉄路の必要性を痛感するからかもしれません。

このときもJR「弘前駅」に到着して、雪が降りしきる中「弘南鉄道大鰐線」の出発駅である「中央弘前駅」に向かって歩き出しました。

30分近く歩いたと思います。

比較的に粉雪だったので足まわりもあまり塗れずに助かりました。

最初はビル街の中を突き進んで行きましたが、だんだんと寂しくなってきます。

とうとう真っ直ぐした道ではなく路地みたいになってきて、幅もどんどん細くなってきました。

道を間違えた不安がよぎります。

それでも進むと、味のあるキリスト教会を発見しました。

そこを回り込むようにして雪の坂道をすれ違う車に気をつけながら降りていくと、写真の駅を発見しました。

ジオラマのセットのような昭和が残った雰囲気。

たまりません。

「あっ!」とちょっと驚くこの瞬間のために旅を続けているようなモノです。

駅舎内も素晴らしく、昔のままの今があります。

座椅子の毛糸の敷物が地域の方の愛着を物語っている風情があります。

駅舎が坂道の窪地にあるので、フォームへは少し階段を上がります。

そのため入線してきた列車の連結器あたりが正面に見え、少しケーブルカーを錯覚します。

フォームすぐ脇に川が流れており、看板も懐かしい。

ここから乗車して第二部へと続きます。