2023年8月12日土曜日

福島城跡


青森県の日本海側に位置する「十三湖(じゅうさんこ)」。

海水が少し混じる「汽水湖」であり、シジミの産地として有名です。

古代から港として機能しており「十三湊(とさみなと)」と呼ばれていました。

交易港の遺跡として国の史跡となっています。

どうも国内の流通がメインだったらしいのですが、今後の調査において、海外との貿易による交易品とか発掘されないか、どうしても期待してしまいます。

「蝦夷地(北海道)」や、大陸側の「朝鮮半島北部」や「沿海州」からの交易には、もってこいの立地です。

特に8~9世紀にその領域を支配した「渤海国(ぼっかいこく)」との交易においては、外すことが出来ないように思えるのですが・・・。

朝廷と「朝貢」するための貿易船は、能登半島辺りをめがけて向かったようですが、それとは別に民間交易とかもありそうに思います。

「福島城」はこの湖の北岸に位置します。

写真は、推定で復元された「櫓門」ですが、ここから奥に展開される縄張りの巨大さには唖然とします。

外郭の一辺は1キロからなる三角形であり、縄文時代の防御性集落からの発展形とも言われます。

現地に立つと、「平城京・平安京」のような、都市自体を城郭で囲む「都城制」に近い印象を受けました。

東北地方では、古代城郭の「多賀城・秋田城」がそうです。

中世に、安藤(安東)氏から、安部(安藤)氏の居城となりますが、近世に衰退するまで、ここでどのような歴史が刻まれたのか?

個人的には最もロマンを感じる地域なので、引き続きフォローをしていくことになると思います。



 

2023年8月5日土曜日

ムーンライトえちご


自身の人生において、一番多く乗車した夜行列車は、この「ムーンライトえちご」です。

「快速」であるため、何と「青春18切符」が使用出来ます。

下りは「東京:新宿駅」を23時10分に出発し、「新潟:新潟駅」に早朝の5時前に到着します。

国内鉄道の全線制覇を目指す自分にとって、日本海側の路線を攻略するために欠かせない存在でした。

パターンとしては、休日前の金曜日に乗ります。

当時は「千葉:西船橋駅」の辺りに住んでおり、仕事の後、旅支度を整えてから向かうので、ゆっくり飲みながら乗車を待つようなことは出来ません。

乗車してから遅い夕食となります。

スタート直後の日付が変わる小一時間で、「18切符」の一枚分を使用するのはもったいないので、使いません。

別途実費(600円位)を埼玉県内を走行中に精算し、0時を回って翌日になってから、一枚目を発動させます。

その一枚(=一日)で、つまり約2200円で青森県の果てまで到達出来るのです。

今は臨時列車になってから、2014年以降は運行が設定されていません。

写真は「485系」の列車ですが、我が家では、同型の鉄道模型がたまに走っています。

 

2023年7月29日土曜日

大歩危駅


「青春18切符」を活用して、四国を各駅停車でウロウロしていました。

久しぶりの「土讃線」は、究極の「山線」の一つと感じました。

車窓からは「四国山脈」の高さを山々の勾配で実感しつつ、足下に目をやると、多くの清流を堪能出来ます。

決して見飽きることのない光景です。

写真の「大歩危駅」が、路線上の中継地として停車時間が長いため、途中下車可能な切符の特性を生かして、改札を出て散策します。

秘境感が漂う無人駅が続く中で、この駅前のいくつかの商店には、ご当地モノが売られています。

普段、そのジャンルにあまり関心はないのですが、長時間乗っている中、久々に買い込みが出来る嬉しさに、つい余計なモノまで買ってしまいました。

とは言っても、アルコールに伴うつまみの類ですが・・・。

また外国の方々、特にヨーロッパ系が多いのにビックリしました。

ツアーではなく、個人旅行の単位でのそれぞれがやって来ている印象です。

日本の中で、わざわざここを訪れる目的を伺ってみたいですが、私の語学力では不可能です。

「しまなみ街道」も同様の人手です。

「ヨーロッパ」に「四国」は意外なほど注目されているのかもしれません。 

2023年7月22日土曜日

柳井 白壁の町


写真は、「山口県柳井市」の名物「金魚ちょうちん」です。

最近、様々なメディアで目にする機会が増えている気がします。

「全国区」になりつつあるのでしょうか?

「柳井港」が、「松山」とのフェリー航路による玄関口であることから、帰省のためにしょっちゅう向かいます。

しかし時間がなくて、「白壁の町」と呼ばれる旧市街に、立ち寄る機会がなかなかありませんでした。

今回は家族が「山口県」に来ていたので、フェリー出港までの時間に立ち寄った次第です。

コロナのためか、誰もいません。

家々の軒先にぶら下げられた、数多くの金魚の赤が、白壁と強い日差しで生まれた影のコントラストの中に、とても映えていました。

下の子を肩車して通り沿いを歩いていると、少し先に止まっていたワンボックスカーから、年配の方々が5~6人降りてきました。

その一人から「写真を撮らせてもらえませんか?」との一言。

みんな高価な一眼レフを首からぶら下げています。

撮影会か何かでやってきているのに、誰も歩いていなくて困っていたようです。

了解すると、私たち家族の散策に平行するように撮影が開始されました。

普通に歩いてもらえば構わないとのことでしたが、肩車はそのままを依頼されました。

10分近くパシャパシャされて、再び車に乗り込んで立ち去られましたが、その写真はどこかに展示でもされていたのでしょうか?

ネット等で目にすることはありませんでした。


 

2023年7月15日土曜日

東京タワー


東京で会議があり、そのときの会場が「芝公園」近辺のホテルでした。

不案内なエリアだったので、余裕をもって出発したら、乗り継ぎも良く、思った以上に早く到着してしまいました。

季節は真夏です。

地下鉄から地上に出たときの「ヒートアイランド現象」は、ハンパありませんでした。

「サウナ」にスーツのまま入室したような錯覚。

しばらく首都の都心部を離れて過ごしていたので、久々に都会の洗礼を受けたような気がしました。

喫茶店にでも避難しようと思ったのですが、目の前に公園があります。

木陰があって涼しそうに見えたので、とりあえず行ってみることにしました。

あまり期待してなかったのですが、やっぱり土の地面は違います。

暑いことに変わりはありませんが、少しひんやりしていて、湿度が全く違いました。

写真は、そのときに偶然座ったベンチから撮影したものです。

ふっと上を向いたら、木々の隙間を縫うように、くっきりと「東京タワー」が切り抜かれていました。

ウロウロしているときに偶然出会う「感動」です。

ここでの休息が、汗が噴き出しそうになる直前の、クールダウンとなりました。

ここでの30分程度の読書は、「至福の刻」でした。

2023年7月8日土曜日

安曇野(あずみの)


長野県「松本市」の北部にある「安曇野」。

行政上は「市」になっていますが、「癒し」を最も感じる地名と言っても、過言ではありません。

最近は、インスタ映えとか、フォトジェニックとか、いろんな表現方法がありますが、今でも「絵葉書」は最高だと、古風にも思っています。

ここは、北アルプスを背景に、そこからの清流が田畑を流れ、道の至るところに「道祖神」と、四季の花々が咲いています。

どこを切り取っても美しい世界。

その全てが埋もれた冬景色も最高です。

それがよく「絵葉書」の題材になっています。

「そば」も旨いので、東京に住んでいるときは、特にこの地域に憧れました。

写真は、山側にある「小岩嶽城(こいわだけじょう)」からの展望です。

朝焼けの「安曇野」一帯が見渡せて、素晴らしい景色でした。

絵葉書でも観たことのない光景で、早起きして良かったと、しみじみと眺めました。

当時は展望台しかなかったので、出入り自由でしたが、模擬の櫓や居館が建てられたため、入場時間が設けられました。

そのため、もう拝むことは難しいようです。

このあと宿に戻ると、ここで栽培された野菜中心の朝食が用意されていて、とても美味しく頂きました。

最近ご無沙汰しているので、コロナが落ち着いたら、嫁さんの実家への帰省道中に、是非とも立ち寄りたいと思います。

 

2023年7月1日土曜日

八郎潟(はちろうがた)


秋田県にある「大潟村」。

国内で「琵琶湖」の次に大きな湖だった「八郎潟」の大半を干拓して出来た村です。

真ん中から干拓が進められたようで、残った湖が堀のようになって村を囲んでいています。

太平洋戦争の賠償問題も絡んだらしく、干拓が盛んだったオランダの技術供与を受けて進められました。

戦後直後は、食料不足だったことや、田舎の次男三男の働き口がなかったことから、その労働力を活用して、米を増産することを目的として計画されました。

しかしその計画も、日本の高度成長によって、食料事情が安定、労働力も都市部に吸収されたことから、時代錯誤なものになってしまいます。

しかし、米の供給モデルとしては失敗したようですが、農業モデルとしては、高付加価値化に成功したらしく、所得の多い地域となっているそうです。

写真は、そんな村内を車でウロウロして、出てきた入口を振り向くように撮影したものです。

周囲とは水門のような橋でつながっていて、この村が浮島になっていることがよくわかりました。

直線道路を走っても相当な規模であることが実感出来ます。

冬場が近かったこともあり、豊穣の地であるかどうかは実感出来ませんでしたが、どこまでも平面で静かな光景が続きました。

様々な環境問題もあったと思いますが、残った湖の一部は「八郎潟調整池」と呼ばれ、それでも全国18番目の大きさだそうです。

経験したことのない奇妙なドライブでした。