2020年7月25日土曜日

美人林


新潟県十日町市にある「松之山温泉」で宿泊した際に、旅館の方から近くにある林の散策を勧められました。

その名も「美人林」。

家族からも、そんな名称なら行くしかないだろうと立ち寄りました。

写真は林の入り口です。

いきなり清楚な空気に圧倒されました。

木に詳しくないので恐縮ですが、みんなブナの木らしいです。

みんな同じ背丈ですっと立っているのは、大正末期の伐採によりここら一帯がハゲ山になったところに、ブナの若芽が一斉に生えだしからで同級生であるためです。

したがって樹齢は約100年になります。

みんな同じような間隔で生えていて、足下の手入れも行き届いているので、家族みんながそれぞれ好き勝手な方向で彷徨することが出来ました。

光も結構入ってくるので、薄暗い感じもせず、マイナスイオンをたっぷり吸い込みながら、森林浴を楽しむことが出来ました。

女性には本当にお勧めだと思います。

当時はそうでもなかったかと思いますが、最近は「トリップアドバイザー」とかでも取り上げているらしく、かなりの注目株らしいです。

嫁さんと娘のキレイ指数は上がったのなら幸いです。

2020年7月18日土曜日

デコイチ(Ⅾ51)と元祖かきめし弁当


嫁さんの実家である「埼玉県熊谷市」に帰省した際に、ひょんなことから嫁さんの妹のご主人と、私が所持していた「青春18切符」の残り2回分を使って、日帰り旅行に行くことになりました。

この切符は1枚で5回(5日)分使用出来ますが、同じ旅程なら二人で一枚の切符を、1回分ずつ使っても構わないのです。

とりあえず「飲みながらと行こう。」ということで、最寄りの「篭原(かごはら)駅」をスタートし、「上越線」を北上、「高崎駅」にて駅弁を購入しました。

不思議なのですが、この駅には何故か遠隔地の駅弁が複数売られています。

貨物輸送か何かの関係でしょうか?

今回は、なんとなんと北海道の最果て「根室本線」にある、「厚岸(あっけし)駅」の名物「元祖かきめし弁当」が置いてあり、即買いしました。

過去にこの線を完乗したとき、途中下車出来ず、残念にも買うことが出来ませんでした。

個人的には、「食べそびれた駅弁ランキング第1位」だったので超感動です。

濃いめの醤油味と牡蠣の風味が、電車に乗ってからずっと飲んでいるビールのつまみに最高でした。

そのまま延々と進んで、「関越トンネル」手前の「水上温泉」まで行き、ひとっ風呂浴びて折り返すことにしました。

駅に戻ってくると写真の「D51(通称)デコイチ」が煙を出して待機してました。

この路線が、限定イベントにて運行しているのは聞いたことがありますが、今日とは知りませんでした。

会えて超ラッキーです。

しかも人だかりも少ないため、ゆっくり鑑賞出来ました。

やっぱり数ある蒸気機関車の中でも、ひときわ大きく感じます。

知らないだけにサプライズが多く、ノーアイデアの旅にはまりそうです。



2020年7月11日土曜日

鶴丸城


大した目的もないのに、「九州新幹線」と「路面電車」完乗のためだけに鹿児島までやってきました。

しかも台風が直撃しているので迂闊なことは出来ません。

しかし幸いにも、風が強くても雨は大したことがないので、チェックしていた鹿児島ラーメン(塩気がなくてビックリ!)を何とか食べたあと、「島津氏」の居城である「鶴丸城」まで歩いていきました。

大学で「明治維新」を専攻していたので、何度か来ています。

戦うときは裏山にこもる前提で築かれているので、天守閣もなく石垣のみです。

無骨といいますか、上に櫓があったイメージがわかないので、殺風景に映ります。

実際のところ、「西南戦争」でも「西郷隆盛」はその裏山で最後を迎えました。

開戦の火種となった「私学校」を通り、写真にある城跡の脇に至りました。

よく思い出すと一人で来たのは初めてです。

この後は帰るだけで、電車の時間にも余裕があったのですが、城内は以前に訪れているし、わざわざ見学するようなものもないので、全く入城する気が起こりませんでした。

何故かそのとき、風を気持ち良く感じるので、堀をびっしり埋めた蓮の葉が激しく揺れるのをずっと観てました。

いろんなことが頭の中で昇華されていく気配がします。

考えているわけではなく、もやもやしているものが、すーっと抜けていくようです。

この状況が生まれたことで本当に来て良かったと感じます。

しかし、だんだんと石垣がお墓に見えてきたので怖くなり帰ることにしました。

魂まで抜けてしまったら大変です。


2020年7月4日土曜日

山代温泉


石川県にある「山代温泉」の共同浴場「総湯」。

その二階からの展望です。

最近出来た建物ですが、屋根は「檜皮葺き」の凝った造りになっていて、一階がステンドガラスに囲まれた大正ロマン風の浴場にデザインされて、相当レトロ感を意識しています。

ただ全てが真新しいので、趣が出て落ち着くのにもう少し時間がかかるかと思われます。

二階は自由に涼めるようになっていて、お茶・水も飲み放題です。

しかし自由というよりも、放置されているというか、もっとひねりが欲しいところです。

日本三大銘菓の産地「金沢」のお膝元だけに、有料ででも和菓子の一つくらい提供すればいいのに、と考えてしまいました。

1300年も続く古い温泉で、泉質も悪くないのですが、「山代に行く。」と言えば「女遊びに行く。」と思われるほどの、大歓楽温泉でした。

その手の温泉は全国的に衰退しているとも言われています。

ここに立ち寄る前に周囲を車で回ったのですが、廃墟になったところも多く実際そのように感じました。

しかし写真のように新しく再構成されつつある姿も見受けられます。

星野リゾートが進出してたりもして、今後の再開発に興味が沸きました。

また寄らせてもらうつもりです。

2020年6月27日土曜日

縮景園


「広島城」のお膝元にある、浅野氏の大名庭園「縮景園」です。

中国の西湖周辺の景観を縮めて表現したことから「縮景」の名称があるそうです。

典型的な池泉回遊式庭園で、閉園近くに伺ったので人も少なく、初夏の日差しが陰る中を優雅な気持ちでぐるりと散策出来ました。

その中心にあるのが、写真の「跨虹橋(ここうきょう)」です。

一般的には、どの日本庭園も中華の題材は取り入れていて、それを和風に昇華していると思っています。

しかし周遊中の景観は和風なのに、これがチラチラ眺められることで、中華風なテイストが常に降りかかってくるのが不思議な感じでした。

アイコンの印象操作って本当に重要だと思います。

話は変わりますが、街中にあるこの庭園も、原爆の被害を当然のように受けました。

その惨状が庭のところどころに写真付きで紹介されており、消し炭の中に水たまりがあるようにしか見えない庭園に、石造りのこの橋だけがポツンと残っているのが印象的でした。

この原爆被害を、イエズス会宣教師が取り上げたことから、キリスト教圏でも「アサノパーク」として有名だそうです。

何を越えても「平和」について考え続けることは大切だと感じます。

2020年6月20日土曜日

鹿教湯温泉


「かけゆおんせん」と読みます。

長野県上田市にあり、鹿に化けた文殊菩薩が、お湯の湧き出る場所を教えたことからこの名称になったそうです。

1200年前からあるそうで、温泉街には温泉病院もあり規模は大きいです。

愛媛県と埼玉県を結ぶ帰省の山間ルート上にあるので、共同浴場「文殊の湯」に伺ったのですが、始業時間が昼前で残念ながら入れませんでした。

朝の10時頃なら大丈夫だろうと、自分にしては余裕を持って寄っただけに残念です。

更にがっかりしたのは、川の脇に建てられた今風の公衆トイレみたいな外観でした(奥行きはそれなりにあり大きいのですが)。

歴史ある温泉地の共同浴場にしては、風情も何もあったものではありません。

単純温泉であることからも、次回にチャレンジする意欲は失せてしまいました。

しかし写真にある通り、すぐ脇の川を渡る橋についてはサプライズでした。

「五台橋」と呼ばれるそうで、この周辺が最古の源泉地らしいです。

昔の風情が残っていていい感じです。

夏場で汗をかいていたので、ここに座って川の穏やかな風で涼むことが出来て快適でした。

湯上がりでないのが非常に残念でした。

2020年6月13日土曜日

井伊谷



丁度、大河ドラマ「女城主直虎」がやっている最中に訪れました。

性別も何をやったのかもはっきりしない人物を、主人公にしてよく一年間放映したなと、感心します。

しかし戦国大名が台頭していく中で、その軋轢に揉まれる中小領主の苦悩がうまく描かれていたと思われます。

写真は初代「井伊共保」が使った産湯の井戸で、家紋の由来ともなりました。

ココが発祥の地として、周辺が領地としてこじんまりまとまっています。

以前から「井伊氏」には興味を持っていました。

「井伊直政」は、昔からの忠臣が多い三河武士団の中で、最後発で家臣団に加わったにもかかわらず、「徳川四天王」でも一代で筆頭に踊り出ます。

徳川家康とどんな関係があったかわかりませんが、相当な実力がないと出来ないことです。

大きな起点は、直前まで家名が衰えていて大した家臣団もいないため、武田氏滅亡後の旧家臣団を引き受けて侍大将となり、その「赤備え」まで自軍の個性として継承したことかもしれません。

伝統のないことがかえって好機を生んだようです。

傘下にされた側は「粋」に感じて、戦ではモチベーション高く奮起したと思われます。

徳川の時代になっても、他の四天王「本多・酒井・榊原」は大一族のため、多くの藩に分散されていますが、「井伊」は一族も少ないので「彦根藩」のみです。

「集中」することで、かえって目立つ存在になっている好例だと思いました。