2016年3月19日土曜日

高石垣


丸亀駅のフォームからよく見える丸亀城ですが、いつ見ても石垣が見事です。

ちょこんと乗っかっている天守閣は、現存12天守の一つで重要文化財なのですが、実体は小さな三層櫓です。

単体では正直残念なのですが、そのしょぼさが皮肉にも石垣をより大きく見せます。

城において、希少な建築物があっても主役は石垣というのは珍しいと思います。

そして雰囲気は日本城郭というよりも、むしろ西洋の城壁に近い印象です。

石垣の勾配が急で、何段も積み重なっているので、迫る壁のように見えます。

城主は名門京極氏ですが、天守閣が見えなければジャンヌダルクが居てもよさそうな雰囲気です。

特に霞(かすみ)のかかった早朝は迫力が増します。

以前に車で近くに横付けした際、天守閣のある最上段がかすんで石垣しか見えませんでした。

まさしく「ジェリコの壁」です。あらためて石垣フェチだと痛感しました。

別にここの天守閣が嫌いなわけではありません。

2016年3月12日土曜日

只見線②


「会津若松駅」に着くまでほとんど闇でした。

各駅毎の駅舎の明かりしか印象が残っていません。

新潟県と福島県の山奥同士を結ぶ線です。

時間も遅いのでただでさえ少ない民家の灯も消えていたと思われます。

全く景色が見えないことに納得出来ず、予定を変更して翌朝引き返すことにしました。

日本海へ注ぐ「阿賀野川」へとつながる「只見川」に沿って、遡るように延々と走ります。

山も川も凍っているように見え、並走している街道にも車が全く走ってないので、列車以外は時間が止まっているように感じます。

写真は「会津川口駅」での一枚です。

停車時間が長かったので、下車して散策しました。

風もなく静寂が周囲を支配しています。

列車もエンジンを切ったのか、途中から完全に「音のない世界」でした。

歩くと雪の音を鳴らしてしまうので、もったいなくてじっとしていたくらいです。

マニアックですが、漫画「ジョジョの奇妙な冒険」に登場する悪の帝王「デュオ」の、時間を止めるスタンド「ザ・ワールド」を思い出しました。

引き返して本当に良かったです。

2016年3月5日土曜日

只見線①


大いなる秘境線「只見線」の「只見駅」です。

雪が降り積もるのか、本来のフォームではなく随分離れたフォームに列車が停車しており、あやうく駅舎に取り残されるところでした。

この線は乗客も少なく、とっくに廃線になっても本来はおかしくありません。

しかし豪雪地帯で道路が遮断される恐れがあるため、収支関係なく法的に鉄道を残さざるを得ない環境にあります。

今回は始発駅の「小出駅」にたどり着くだけでも一苦労です。

青春18切符を活用し、東京方面から各駅停車で向かいました。

関越トンネルと平行に走る清水トンネルを抜けて「越後湯沢駅」に到着、まさしく川端康成「雪国」に登場するような雪景色が待っていました。

更に雪深い先に「小出駅」はあり、やっとスタートです。

約三分の一の工程にある「只見駅」にて下車、飾り気のない街並みを抜けて、目的の「只見温泉」に向かい入浴しました。

しかし受付のおじいさんに後から伺った話ですが、温泉成分の臭いが不評だったらしく濾過して使用しており、ボイラーの石油臭が強くて残念でした。

喫茶店も周囲にありません。

温泉併設の「保養センター」という名ばかりの、何もない「ロビー」にて2時間程度過ごし、写真の列車に乗って「会津若松駅」に深夜やっとこさたどり着きました。

雪国の厳しい現実を感じつつ、今回の話は続きます。

2016年2月27日土曜日

最北端



日本の最北端「宗谷岬」です。

風速30m・気温マイナス10℃。

周囲には誰もいないのですが、知りたくもないのに頭上の電光掲示板が教えてくれます。

吹雪で遅れがちになっている特急を、終点より一駅手前ですが岬よりの「南稚内駅」で下車し、ラッキーにも岬方面のバスに乗ることが出来ました。

「午前中ですが、猛吹雪のためおそらく今日の最終便です。」とバスの運転手。

私しか乗客はおらず、往路の「宗谷岬」停留所で降りると復路で戻ってくるのは15分後とのこと。

もし乗ってこなかったら捜索して欲しいと頼んで、勇気を出して降り立ちました。

凍ったように見えるのに、颯爽とした佇まいの「間宮林蔵」像が迎えてくれましたが、残念ながら目的のラーメン屋も含めどの店も開店してませんでした。

凍った路面は、吹雪いてツルツルになり、滑って立っていられません。

しかもデジカメが、表面に薄く氷が張ったような氷結状態になり、全く動きません。スイッチを押しても全く反応しないのです。

仕方ないので、胸元でカメラを暖めながら四つん這いで像に近づき瞬間的に撮りました。

「間宮林蔵」は江戸時代末期に、ここから北方探検に向かい「間宮海峡」を発見します。

謎が多く、隠密とも言われており非常に興味深い方です。

しかし世界地図で、名前付の地名が確認出来るのは、日本人だとこの方だけです。

バスに乗り込むまで、終始お辞儀をしたようなかがんだ体勢で、この像を見ていたせいかより偉大さが増しました。

とにかく無事に戻れて良かったです。

2016年2月20日土曜日

南蛮造


夜の「小倉城」です。

B級グルメ店は旅の目的として訪れてますが、麺系は特に好きです。

「小倉焼うどん」を目的に何店舗か巡りましたが、正直イマイチでした。

満腹ながら寂しい気持ちで撮影した一枚です。

最上層が下層よりも大きい「南蛮造」と言われる様式ですが、この昭和に再建された天守は、観光面を考慮して本来の屋根にないはずの「破風」が装飾で付けられており、西洋鎧のような「のっぺり」した感じをあえて変えているそうです。

築城者は「細川ガラシャ」の夫である戦国武将の「細川忠興」で、支離滅裂な印象を持っています。

戦国武将に対しては、自分なりにイメージを作り上げて楽しんでいるのですが、この人物のイメージはどうも掴めていません。

茶の湯では「千利休」の高弟として、その路線堅持の印象が強い反面、「高山右近」のようなキリシタンでもないのに、この城のように南蛮文化にも染まっています。

家臣を何人も無礼切りした逸話もあり、何かにつけて中途半端な印象が強いです。

歌道を極めた父「細川幽斎」や「明智光秀の娘」でもあるガラシャ夫人に囲まれて、窮屈というか寂しかったのかなと思います。

ただし、京都にある彼の菩提寺「高桐院」の苔庭は見事です。

特に冬の雨の日、彼の「無心の境地」を感じました。

2016年2月13日土曜日

複線跡


「サンライズ出雲」にて山陰の松江に向かう際、停車した「新見駅」で偶然撮影しました。

晩秋の線路内を駅員の方がテクテク歩いていました。

伯備線と姫新線、芸備線からの終着駅としての役割も含め、3路線が合流する中国地方内陸部の主要駅ですが、基本的にローカル線の集合であり駅もかなり鄙びています。

しかし線路の数は半端ないです。

雑草が伸び放題であることから使われてませんが、おそらく蒸気機関車時代の名残と思われます。

松本清張原作の映画「砂の器」の舞台となった亀嵩(かめだけ)が近くにあり、蒸気機関車が登場するシーンとダブります。

不便だったでしょうが、石炭や水を補給する設備等の名残りがいっぱいで、勝手にタイムスリップしてワクワクしてしまいました。

今の電化された便利な駅の環境を享受している立場としては恐縮ですが、鉄道好きとしてジオラマ作るなら古い時代が好みです。

停車時間が過ぎて動き出すまで、更に妄想は進み、蒸気機関車在りし日のジオラマ作成をイメージして楽しみました。

そのうち作ってしまうんだろうなあ。

2016年2月6日土曜日

ニューカレドニアのプジョー


海外で車の国籍を見ると、どの国の植民地だったか、経済依存しているか、何となくわかります。

南洋の島であるニューカレドニアは今もフランス領で、プジョーが数多く走っています。

この車もかなりの旧式ですが、バリバリの現役です。

建物も古い欧風の現役が多く、両者ともフランスの雰囲気をよく伝えています。

ワインも意外に安い値段で飲め、それに合う料理も多い場所です。

過去に原住民との悲劇・軋轢がなかったわけではないでしょうが、結果的には双方の文化が馴染んでいる気がします。

私自身が古いラテン車に乗っているせいか、この雰囲気に非常に感銘を受けました。

日頃から愛用している物に年季が入ってくると、本来の物が持つ魅力と自分の感性が溶けて混じってくる気がします。

今使っている車とこんな風に長くつきあいたいです。