2019年3月16日土曜日

雲竜院


「いつもどの辺だったっけ?」と独り言をいいながら地図アプリで確認してしまうのが「泉涌寺」です。

「東福寺」の東側で、京都駅から見れば裏側に隠れるような位置関係になります。

実際訪れていてもいつも曖昧になります。

道も車がかろうじて通れるくらいの細い上り坂を通りますが、境内に入ると幅の大きな下りとなり、大きな仏殿(重文)が迎えてくれます。

別称を「御寺(みてら)」と呼ばれ、江戸時代の「後水尾天皇」から幕末の「孝明天皇」まで代々の御陵があります。

その別院が「雲龍院」です。

写真は皇族の位牌を安置する「霊明殿」前の庭で、石灯籠を中心に「菊の御紋」が白砂の隆起で庭いっぱいに描かれています。

「ザ・皇族」という押し出しが半端ないです。

コテコテな感じがしないわけでもありませんが、そこが皇族たる由縁なのか不思議とお上品に見えます。

まあそれ以外に、余分な色彩や造形物は見あたらないからかもしれません。

案外「クール・ジャパン」を体現しているのかもしれません。

外国の方が観たら、こういうのがわかりやすいのかもと思います。

私自身も意外と御紋のオーラに当てられることもなく落ち着いて鑑賞させて頂きました。

2019年3月9日土曜日

青春の門 直方


作家「五木寛之」の作品で有名な「青春の門」。

タイトルに上げてますが、実は映画も観てませんし小説も読んでません。

好きな作家ですし一度読みたいと思うのですが、何故か面倒くさくてチャレンジ出来てません。

そう言えば「坂の上の雲」も読み始めるまでに結構な時間がかかりました。

出来れば複数刊でも「上・下」くらいでまとめて欲しいものです。

話が逸れましたが、地理的には九州の「筑豊地域」が舞台であることは知っています。

炭鉱があっただけに、石炭運搬の必要性から複雑な鉄道網が発達した地域です。

そのため接続路線が多く、「乗り鉄」泣かせでしたが、その分達成感が高かったのを思い出します。

今回は車による旅で、写真は「炭坑博物館」にて入口近くにある展示車両と一緒に撮影したものです。

もう動きませんが、地域で走っていた車両が保存されているのを観ると、妄想トリップがよりリアルに展開出来ます。

日本の高度経済成長を支えた資源供給地として賑わいのあった場所ですが、労働争議を経て今は静かです。

産業の「栄枯盛衰」をまざまざと感じてしまいます。

この地域に関しては気の済むまで妄想が進み、ある程度のイメージに納得しているから、今更読む気にならないのかととも思いました。

2019年3月2日土曜日

佐伯祐三アトリエ記念館


JR山手線の目白駅から1キロほど西の住宅街にあります。

画家「佐伯祐三」のアトリエ付住宅を整備して記念館に仕立て直し、最近公開されました。

佐伯公園とも呼ばれているらしく、テクテク歩いて向かいました。

おそらく日本人の洋画家の中で一番好きです。

どの作品というわけではないのですが、荒いタッチに殺伐とした情景が全体的に好みです。

このアトリエがまだ和風建築だったときの、確かそれを描いた作品がありましたが、どこかのタイミングで洋館に建て直したのでしょう。

この写真とその絵の記憶が、全く同じ空間であることに感動しました。

雨がパラパラ降ってきて、空の色が絵でよく描かれるような鈍色になっており、ますますラッキーです。

東京都心部の山手線界隈でこんな景色がいまだに残っていたのは奇跡だと思います。

その「佐伯祐三」ですが、東京美術学校を卒業したエリートです。

その後パリに向かいました。

しかし、その滞在中に、前回話題に出した画家「ブラマンク」に自分の描いた絵を「このアカデミックめ!」と罵倒されたりして、大きなショックを受けたようです。

その後に描かれた自画像には自身の顔がありません。

有名な画風は、そのときに悶々とする中で確立していったようです。

この辺の展開がファンになっている理由と思われます。

その後、残念なことに彼は結核を患って一度帰国することになります。

でも、再度渡仏します。

そしてそのまま30歳で没したのです。

その時期に描かれた絵は、どれも画家の心情が発露している気がします。

一緒にパリに来ていて、子供の看病をしていた奥さんにも看取られませんでした。

悲しいことに子供も翌年亡くなったようです。

どんな環境で生活していたんでしょうか?

画家だけでなく、家族の悲惨な人生を痛感してしまいます。

だから惹かれ考えさせられてしまうのですが。


2019年2月23日土曜日

マキノ


「近江33ヶ寺」を南側から逆順で巡り始めました。

早朝からスタートし暗くなる頃に半分以上の数が終わりました。

場所は丁度琵琶湖の北限です。

2月で雪景色だったのですが、天気が良くて道路に影響はなく、すごぶる快適にドライブ出来ました。

また今日はここらで終了しようと思っている矢先に、後で後述することになるであろう素敵な「古民家カフェ」を偶然発見しました。

琵琶湖を眺めながらコーヒータイムだけのつもりだったのですが、試験的に宿もやっているとのことだったので、予定外に泊まることにしました。

しかし食事はありません。

夕食にいい店はないかと伺うと、もう少し北西の内陸部に「マキノ」という地名があり、そこにある焼肉屋がお勧めとのこと。

併せて「メタセコイヤ並木」の長い直線通りがあって、その景色が北海道みたいなので通って迎えばいい、と教えてくれました。

で、通ってみたのがこの写真で、運転しながらの撮影でした。

もう日が暮れかかっていたのですが、タイミングよく吹雪いてきて、雪が光りに反射して景色が妙に明るいのです。

光のトンネルを進んでいるような錯覚になりました。

北海道の冬道をドライブしたことがないので例えの理解は出来ませんでしたが、何故か「おニャン子クラブ」の「冬のオペラグラス」が聞こえて来ました。

スピード狂で、ドライブの残像を絵の題材にした画家「ブラマンク」に見せてやりたい景色でした。

2019年2月16日土曜日

グリーングラス


写真は「グリーングラス」という「バー」の入り口です。

真冬でした。

どこにでもありそうなスナック街の一角にあります。

「乗り鉄」の立場で近くまでは行っていましたが、何年かしてこの店が紹介された記事を読んで、どうしても行きたくなりました。

しかし場所は、青森県下北半島の「大湊」です。

自分はもう愛媛県に住んでおり、かなり厳しい行程です。

しかしチャンスが訪れました。

東京出張が週末にかかったのです。

金曜日に東京の仕事が完了した直後、必殺アイテムの「青春18切符」で北に向かいました。

ギリギリ「仙台」へ到着、翌日に未乗区間であった「大湊線」の「下北駅~大湊駅」間を制覇して、祝杯がてら店を訪れました。

昭和のダンスホールの一面だけをカウンターと棚にしており、夥しいシングルモルトが並んでいます。

老紳士のマスターが愛媛県から来た旨伝えると大層喜んでくれて、割安な値段でいろんな種類の酒を少量ずつ飲ませてくれました。

酒が好きでも弱い自分には大助かりです。

最後に「また来ます。」と挨拶したら返事はこうでした。

「いつまでやってるかわからないよ。ずっと断っていた取材に応じたのもそろそろ閉めようと思ったからなんで。」

続けて欲しい店が体力の限界で終わっていくのは残念ですが、マスターの人柄と店の雰囲気が合わさっての「バー」なので如何ともしがたいです。

もう一回は近いうちに訪れようと強く誓いました。

2019年2月9日土曜日

六甲山


大阪に住んでいたとき、有名なドライブコースであったので何回か訪れています。

しかしよくよく考えると「夜景」を追いかけてばかりで「昼間」にしっかり景色を眺めた記憶がありません。

この写真はつい最近のものです。

神戸での予定した行動が思ったより早く済んだので、「六甲山」に車で寄り道して撮影しました。

個人的には昼のほうが断然好みでした。

曇り空だったのですが全く靄っておらず、兵庫から大阪方面までの海岸線が素晴らしく俯瞰出来ます。

「神戸はあらためて海外への玄関口だったんだなあ。」と実感出来る瞬間でした。

しかし普通に展望台に立っていても、山が急勾配で海が見渡せる迫力のせいか、岩場のせり出した場所で眺めているような感覚があり、高所恐怖症としてはかなり怖いです。

足下がソワソワするので、そそくさと目の前の建物に逃げ込みお茶をすることにしました。

室内でも景色がよく見えましたが、ここでは落ち着いて紅茶を飲みながら優雅に過ごせました。

海外の品々を「舶来品」と言ったのは、こんな余裕を感じる地域なんだなあとつくづく思います。

2019年2月2日土曜日

佐田岬


ご注意ください。

愛媛県の「佐多岬」ではありません。

鹿児島県の大隅半島南端に位置する「佐田岬」です。

つまり本州の最南端です。

この海の先に「屋久島」や「種子島」があり、天気の良い日は眺められるそうです。

ここに来た目的は鹿児島県の東側であった「大隅国」の城跡巡りをするためでした。

岬周辺には城跡はなかったのですがここまで来れば、先端まで行きたくなったので向かった次第です。

行って大正解でした。

高知県の「足摺岬」よりもはるか南に位置するため、より亜熱帯の環境です。

年末なのですが、道中のジャングル感が半端ありません。

駐車場からの歩道も、「ガジュマル」の木々がせり出して茂っていて今にも動き出しそうです。

子供とか絡め取られて養分にでもされそうな不気味さが漂います。

トンネルもくぐり抜けて漸く写真の景色です。

灯台は先の岩場にあってたどり着けないことに少しがっかりしました。

しかし強風と時化た海が灯台を囲んでいるのをしばらく目の当たりにしていると、あんな場所に行ったら何に取り憑かれるかわかったものじゃないと思い直しました。

未開発の自然がほとんど残っているからこその「怖さ」をじわじわ感じる場所でした。