2022年4月2日土曜日

大洲城


復元天守の「大洲城」ですが、現存していたときの古写真と、築城時の模型が残っていたことから、木造で忠実に再現された貴重な存在です。

全国の現存12天守に数えられる「伊予松山城」と「宇和島城」に加え、3つの木造天守が愛媛県に存在することになります。

他では有り得ない贅沢な環境です。

加えて、この天守閣に複数の現存する櫓と石垣を含めた城郭全体を、「予讃線」の列車から肘川を挟んで一望することが出来るのは、ご存じの方も多いかと思います。

乗り鉄であり、城好きの自身としては、両方を満たす景観としては全国でも一番です。

対抗馬としては岐阜県にある「犬山城」の川沿いの景観かと思いますが、角度がイマイチとなります。

写真は車窓からの景色ではありませんが、仕事で訪れたときに時間に余裕があったので、時間の調整がてら向こう岸の土手に立ち寄って撮影したものです。

春先のそよぐ風が本当に気持ちいいです。

城と桜の相性はどこでもバッチリかと思いますが、特定のポイントにこだわることなく、城郭全体が川にせり出した様子を、川沿い全体で楽しめる環境は全国屈指ではないかと感じています。

2022年3月26日土曜日

武蔵野線


「西船橋」に住んでいたとき、「青春18切符」を活用する流れとして、「西船橋駅」から「武蔵野線」をよく利用しました。

東京を中心に弧を描くように走ります。

「南浦和駅」で乗り換えて、東北方面の路線を目指しました。

よく乗っているのですが、大抵始発からスタートし、戻りは終電近いので、暗い時間帯であるせいか、車窓の印象が全くありません。

意外なところで印象が強く残っているのは、この写真の風景です。

車で埼玉方面の城巡りに向かったのですが、抜け道を間違えて迷ってしまいました。

標識があったので車を降りて確認し、振り向いたら「武蔵野線」の高架下にある桜並木が満開であることを発見したのです。

しかもタイミング良く朝日が差し込んでくるところで、余りの素晴らしい偶然にビックリです。

仕事に行き詰まっていた時期で、気持ちを開放したくての城巡りでした。

かなり後ろ向きな心持ちだったので、日差しに輝く桜の淡桃色に、思わず心が洗われました。

花を愛でながらの鉄道旅は数多くしてますが、桜の印象だけしか残ってないのは、この路線だけです。

2022年3月19日土曜日

妙蓮寺


会社の後輩に、お寺の跡継ぎで専門の大学・修行まで受けた奴がいます。

正式な僧侶の資格を有しているにも関わらず、何故か仕事を頑張っているのです。

「娑婆」の空気が吸いたい、いまだに未熟な奴と思って、気軽に接しているのですが、宗派は「本門法華宗」。

彼曰く、日蓮宗のレアな一派だそうです。

その大本山が京都上京区にある「妙蓮寺」で、庭が素晴らしいというので寄ってみました。

今回の写真がそれで、「十六羅漢の石庭」と呼ばれるようです。

「玉淵坊日首」という、ここの寺僧の作庭で、「桂離宮」も手がけたそうです。

豊臣秀吉に与えられた「臥牛石」という、青石(おそらく中段左側の大きな石)を涅槃像に見立てて、羅漢像の石を配した枯山水庭園です。

この縦アングルとは別角度の、横アングルで観るとその関係がよくわかります。

広い空間のわりに、個々の石の形状がゴチャゴチャしていています。

まるで羅漢の悩んでいるような人間臭い部分が体現されているようです。

達観したような構図が多い、他の枯山水庭園とは趣が違います。

ゆっくり眺めていると、たまたまお寺の女性と話すことになったのですが、西条市の三芳の方でした。

なんと壬生川の隣町です。

彼女曰く、京都に長年住んでいて、亡くなった父母が住んでいた空き家の面倒を見てくれていた方が、とうとう高齢のため施設に入ることになり、今年になってやむなく実家を処分したとのこと。

しょうがないとは思っても、どうしても無念の気持ちが残るとおっしゃられていました。

デルタカフェの話をすると、ご先祖様に関わる場所は特に大事にしていきなさいと、強くご教示頂き、何かご加護を頂けたような気がしました。

必然なのかもしれません。

2022年3月12日土曜日

備中松山城


「現存12天守」に数えられる城で、唯一の山城です。

同名で比較される「伊予松山城」は山頂に本丸があっても、二ノ丸が平地にもあるため、「平山城」に分類されて該当しません。

険しい場所に整然と築かれた石垣と土塀が大好きで何度か登っています。

標高が高く奥まっているため、写真は天守閣からの眺めですが、城下町はほとんど見えません。

しかし一層にある、全体のバランスとしてはかなり大きな唐破風の屋根が、必ず視界に入ってきます。

この少しいびつになった丸瓦葺きが素朴で大好きで、個人的には一番萌えるポイントです。

また天守閣といっても二層しかありません。

内部を拝見した印象としては、平成の復元後は塀や櫓も増えて全体が綺麗になりましたが、その以前は古ぼけた神殿か仏殿の気配を感じました。

奥まって位置する「二重櫓」が、天守閣と大して高さが変わらないのと、更に奥に遺構があるため、実質の天守閣の機能を有していたのではないかと考えてしまいます。

近年は、大河ドラマ「真田丸」のオープニングCGに使われましたし、雲海に浮かぶ城として人気急上昇です。

最近は城全体が拝める展望台が大人気と伺ってますので、次回は立ち寄りたいです。


2022年3月5日土曜日

長万部駅(おしゃまんべえき)


北海道の「函館駅」から「札幌駅」に向かう「函館本線」は、この「長万部駅」から内陸部に入っていきます。

ここからは「ニセコ駅」や「小樽駅」を経由する、鈍行しか走らない超ローカル線になるのです。

当たり前のように、特急や寝台列車が走っていく「室蘭駅・苫小牧駅」や、「千歳空港」近くを経由する主要線は、「室蘭本線」と「千歳線」への接続となり、実は別路線になりますす。

乗り鉄として制覇出来てない主要路線のラストがここでした。

部分的な未乗区間は残っていますが、ほぼ完全制覇となり、この「長万部駅」で乗り換えを待っている間、いよいよかと、妙な高揚感があったのを思い出します。

しかもココには素敵な駅弁「かなや本舗のかにめし」と、駅前なのに源泉掛け流しの「長万部温泉」があります。

弁当を買って時間が許すまで、「丸金旅館」にてお湯を堪能しました。

濃い塩化物泉で湯船に成分が付着してます。

小さいながら露天風呂もあり、貸し切り状態で楽しめました。

写真は風呂上がりに涼むべく大きな路線橋に上がったときの一枚です。

弧を描くのが、今から乗る「函館本線」です。

北海道独特の空虚さを感じるとともに、町の栄枯盛衰が伝わってきました。


大きな路線橋です。


残念ながら、まだ新幹線はこの駅まで届いていません。

2022年2月26日土曜日

三江線


2018年3月末でとうとう廃線になってしまった「三江線」の車窓です。

「三次駅」周辺のホテルに前泊し、夜明け前の始発からスタートしました。

年末の冬場だったため、なかなか明るくなりません。

確か一時間ちょっと進んで、漸く周囲の輪郭が見えてきたのを待ちきれずに、シャッターを切った一枚でした。

最初はただの取り損ねと思っていましたが、時間が経った今、あらためて眺めると水墨画のようで、幽玄さが漂う傑作と自画自賛してます。

廃線となり、感傷的になっているバイアスもあります。

浮き世のはかなさと言いますか、「長谷川東伯」の「松林図屏風」に通じる気さえ、厚かましくも感じています。

実は、それを体現するように、この路線の歴史は哀れなものです。

列車は「江の川」に沿って終点「江津駅」まで走り続けました。

川の背景に田園や山々の起伏が広がり、最高級の「川線」の景色を楽しみました。

しかし全通したのは1975年と意外と昔ではありません。

すでに地域は車主体になってますし、国鉄の大赤字も問題になっている時代で、赤字路線の指定を開通時から受けていました。

そのため最初から特急・急行は走らず、本数も少ない鈍行のみでした。

100キロを越える路線でありながら、これでは採算が良くなるはずがありません。

寂しい幕切れとなってしまいました。

次回は車となりますが、廃線巡りにもしっかり訪れたいと思います。

2022年2月19日土曜日

東京国立博物館(表慶館)


写真は「東京国立博物館」を構成する「表慶館」の天井窓です。

エメラルドグリーンよりも更に明るい色調が、白亜の建物内部をより引き立てています。

正門から見ると、真正面にドーンと鎮座する「本館」の左側に位置します。

恥ずかしながら、反対の右側が「東洋館」であるため、建物の印象から勝手に「西洋館」だと、ずっと間違えてました。

明治末期に大正天皇のご成婚を記念して、有名な建築家「コンドル」の弟子である「片山東熊」が手がけたもので、当時の洋風建築を代表する建物として、国の重要文化財に指定されています。

博物館の中でも、ココは所有美術品の常設ではなく、他国の美術品を招いての企画展が多いように思います。

あまり目立たず、しれっと開催している印象ですが、中身はむちゃくちゃ濃い目です。

このときもシルクロードからオリエントにかけての美術品が企画展示されていました。

意外だったのは、緑色の釉薬が多様されていて、「織部焼」に近いものを感じたことです。

茶系の砂漠地帯には「青」とか「緑」は非常に目立ちます。

じっと眺めていると中央アジアを旅したい思いに駆られました。


帰るときにライトアップされていた景観は、格別にお見事でした。