2023年2月18日土曜日

イギリス海岸

 

「花巻駅」から東に2キロほど歩くと、「北上川」に到着します。

その西岸を、「宮沢賢治(みやざわけんじ)」が「イギリス海岸」と名付けました。

理由は、この辺りの白い泥岩層が、イギリスの「ドーバー海峡」の白亜の海岸を、連想させるからだそうです。

最近は残念なことに、ダムが出来たことで水位が下がらなくなり、泥岩層を見ることが難しくなっているとのこと。

地元では彼の命日に、水位を下げて白亜の海岸を再現しようとしているそうですが、なかなかうまくいかないようです。

彼のイメージとしては、「万事において、誇大妄想が強い。」と感じてます。

37歳という若さで亡くなりましたが、その死後に評価されたので、美化された部分が相当多いとも思います。

しかしながら、旅人としての行動には、共感出来るものがあります。

実際のところ、真冬に凍った道をおそるおそる2キロ歩いて、現地まで行きました。

その景色がこの写真です。

「ドーバー海峡」は写真でしか見たことがありませんが、この川岸を例えるのは、あまりに無理があり過ぎます。

しかし、雪で覆われた一面の景観は、「白亜」の世界観を強烈に体現してました。

全くお門違いの話ですが、彼のやっていることにつきあってもいいなと、直感で思ってしまいました。

何が起こるかわからない、ワクワクが得られそうです。

2023年2月11日土曜日

土佐日記(とさにっき)


幼少の頃、親戚が家にやってきて、たまにお土産に頂く「土佐日記」というお菓子が、大好きでした。

本のようなデザインで、片側開き出来る箱に入っていて、おもちゃ箱にして遊んでました。

文学作品に由来があることを知ったのは、小学生の高学年になってからだと思います。

作者は平安時代の貴族である「紀貫之(きのつらゆき)」です。

土佐国における行政官トップである「国司」として、現地にに赴任しました。

作品自体は、その任期を終えて京都に戻るときのエピソードを中心に、冗談も交えて仮名で記されています。

それだけでなく、在任中に娘を亡くしたため、哀愁漂う歌も挿入されていたりして、情感の幅が広い作品です。

そのため、この後に誕生してくる「紫式部・清少納言」等の女流作家に大きな影響も与えていると言われています。

写真は、彼が住んでいた「国司館跡」です。

天気は曇りでしたが、愛車「ムーザ」のチョコレート色と白い砂浜のような駐車場が妙にマッチしていました。

冬で寒いのですが、涼やかな心地がした次第です。

行政府である「国衛」もそばにあって、ここが土佐国の中心地でした。

高速道路の南国インターを降りて、すぐ南側に位置します。

内陸ですが国分川がそばにあって、海からも水路でたどり着ける場所です。

今の高知市の中心街は、「関ヶ原の合戦」後にやってきた「山内氏」が整備したことを考えると、今とは随分様相が異なると思います。

しかし車を停めて散策すると、古びた小学校がある以外は、お寺や田畑しかありません。

往時の雰囲気がそのまま残っているような気がしました。


2023年2月4日土曜日

下関の観覧車


会社の駐車場からの夜景です。

すぐ目の前に遊園地があり、立体駐車場から車が出てくる約一分ほどの間、ボーっと眺めています。

イルミネーションがテンポよく変化して、童心に少し帰れるような心地がします。

ここ最近ハードな仕事が続いていて、かなり追いつめられているので、正直救われています。

ちょっとした待ち時間に対して、もどかしく感じてイライラするのか、多少なりとも落ち着いた心境になるのか、それだけでも積み重なると、精神状態に大きな違いが出てくると思います。

恥ずかしながら、若いときにはそれがわかりませんでした。

もともとマイペースとはいえ、とにかくいろんなことがしたくて、いつも急いたリズムで行動していたと思います。

メンタルヘルスに関する意識は年々高まっているかと思いますが、特別な取組みをわざわざするよりも、日頃の行動の中に潜んでいる何かに少しでも気づくほうが効果が高いのかもしれません。

自分が喫茶店を好きなのも、こういったところに根っこがあるのかと、今さらながら気づきました。

2枚目の写真は早朝の景色です。

この観覧車の背後より太陽が昇ってきます。

朝型の自分にとって、エネルギーが充填される気がします。

この物体は、自分にとって「神」なのかもしれません。

大げさですが・・・。


2023年1月28日土曜日

紫電改(しでんかい)


愛媛県愛南町の「紫電改展示館」に鎮座する「紫電改」です。

戦闘中に行方不明になり、宇和海に沈んでいるのを発見され、引き上げられました。

日本に存在する唯一の機体で、佇んでいる様は「何も語らず翼を休めている。」という慰霊に向けられた言葉が、ピッタリだと感じました。

名称は「紫電」改良型の意味合いですが、本を読んだ限りでは、敵機と識別させるため翼の位置まで変えていて、別物の新型に近いです。

性能も段違いにアップしているので、素人の私には漫画「紫電改のタカ」で、最新鋭機として固有名詞化してます。

実際、3機の現存機体がアメリカの博物館に展示されていて、「(高高度性能が不十分としながらも)太平洋で使われた万能戦闘機の一つ」と称されています。

その本領を発揮したのは、戦争の末期も末期ですが、1945年3月に起こった「松山空中戦」です。

「第三四三海軍航空隊(剣隊)」が「松山基地」で編成されて、豊後水道を北上してくるアメリカ軍を撃退しました。

戦果には日米の格差がありますが、脅威と認識しされた事実は、向こうの資料でも間違いありません。

現実の戦争はここで終わりにしないといけませんが、アニメの世界としては「機動戦士ガンダム」にて、戦局への投入が遅れた「ゲルググ」を思い出した次第です。

ゆくゆくはプラモで、ジオラマ作成に活用してみたいです。

2023年1月21日土曜日

干上がった船


九州の北沖合いにある「対馬島」を車で一周していたときです。

半時計回りに回っていて、ちょうど「韓国」が見える展望台を12時の方向として、1時くらいの位置で発見しました。

干潟のようになった入り江の際にあって、陸に引き上げられて放置されているのか、干上がって残されたのか、微妙な位置でした。

とても気になったので、近づいて写真を撮りました。

いつからあるのかわかりませんが、上段の水色と船底の赤色が、キレイに変色しています。

太陽の日差しで、乾いて落ちてしまったのか、泥の類が一切付着していません。

そのせいか「錆(さび)」が見事に浮き上がっています。

車好きにとっては大敵の存在ですが、このときばかりは美しいと感じてしまいました。

模型作りにも参考になります。

ぐるぐると周囲を回りながら細部を確認した次第です。

操舵室の内部も覗いたのですが、木製の部分も朽ちながらもキレイに原形を留めていました。

日差しが、丁度ハンドルにあたる舵に、ピンスポットで当たっていました。

動かしてくれと、せがまれているように感じました。


対馬

2023年1月14日土曜日

大連埠頭(だいれんふとう)


以前に中国の「大連」に行ったとき、日本との往来に活用された「大連港」のターミナルは、既に撤去されていました。

老朽化でやむなしだったのですが、半円形の神殿みたいなデザインは、大陸の玄関口として象徴的な施設でした。

それだけに跡地に伺って、寂しくなったのを思い出します。

そのため「門司港」周辺を散歩していて、「大連〜門司」航路の対となるこの施設が、日本側に残っていたのを知ったときは、衝撃を受けました。

写真は、二階のエントランスですが、大型連絡船が横付け出来るように、長い廊下が続きます。

その階下には、列車も併せて入線していたレール跡も残っていて、設備の構造はほぼ同じでした。


しかし玄関のデザインは角張っていて、当時の日本らしいデザインで「大連」とは異なり、特別感はありません。

「下関」に住むようになって、週末の昼間に時間の余裕があると、対岸の「門司港」へちょくちょく行きます。

住んでいるマンションの前にフェリー乗り場があって、往復する料金も安いので、昼飲みが目的です。

その後に酔い覚ましがてら、フラフラとレール跡に沿って、ここへ向かいます。

今は公共の施設として、リフォームされた多くの部屋は、教室として貸出しに活用されています。

ベンチが数多くあって、よく読書をしてます。

風通しが良く、昼寝になることもしばしばです。

今の自分にとって、最高の場所と言っても過言ではないと思います。


2023年1月7日土曜日

元帥刀(げんすいとう)


あくまで珍しい刀の話です。

思想的な話を新年早々したいわけではないことをお含みおき下さい。

仕事の関係で、「防衛省」の基地内に伺うことがあります。

そこでの雑談の中で、刀にこのようなジャンルがあることを知りました。

写真は、某駐屯地内の記念館にあり、総理大臣にもなった「寺内正毅」の「元帥刀」です。

隣に、息子である「寺内寿一」元帥の一振りもあり、一つの場所で二振り(しかも親子)の展示は、ココしかないと伺いました。

そもそも「元帥」とは、天皇の最高軍事顧問として位置づけられ、終身現役です。

「西郷隆盛」を最初にして、元帥となった陸軍・海軍の大将は31名しかいません。

その証として拝領されるだけなので、希少な数であるうえ、形に特徴があります。

通常の日本刀と異なり、先端が両刃となっているのです。

しっかりと反りはあるのですが、西洋のサーベルの特徴も取り入れたハイブリットなデザインです。

二枚目の写真にある軍服の袖文様も元帥独自のモノで、現在はこの文様を作る技法は消滅しているらしいです。

これを書いているとき、コロナ禍でまだまだ大変な事態が続いています。

独自性と継続性を大切に出来る存在でありたく、新年もよろしくお願い致します。