2019年4月27日土曜日

湯布院の森


名物観光列車「由布院の森」を下車した直後に撮った写真です。

この列車独特の色調と格子窓が強調されたデザインは、最近の豪華列車の先駆けだといつも思います。

ローカル線を通るパターンも「周遊」のコンセプトを打ち出したのではと考えています。

また地名が付いたことで、由布院の観光地としてのステイタスを上げることに大いに貢献しています。

温泉地として言えば、泉質はそんなに大した印象はありませんし、近くに西の横綱ともいえる「別府温泉」があるからかなり不利です。

しかし連ドラの舞台になったり、メディア受けの流れをうまく掴んで、ツーリストの人気ランキングで1位とかも獲得しています。

実際歩くと色んな店がどんどん出店されていて飽きさせません。

個人的には「軽井沢」や昔の「清里」みたいな方向に向かっていて雑多な感じが好みではないです。

しかし「インスタ映え」とか、これからの若い観光客の指示を集めようとすると、観光戦略的にはこうなるのかなあとも納得してしまいます。

「こだわり」は必要不可欠ですが、マニアック過ぎる意見はある程度除外しないと、カップルや家族が寄りつかなくなるので、匙加減が難しいところです。

マニア嗜好が強い自分だけに、ここは自重を強いられる気がします。



2019年4月20日土曜日

ザギンのランボルギーニ


銀座から新橋に向かって歩いていました。

飛行機に乗るまで時間があったので、裏路地で一杯飲めそうな店を散策していてラッキーな遭遇でした。

「ランボルギーニ・アベンタドール・スパイダー」を生で初めて眺めました。

希少な「パール系ホワイト」かつ更に珍しい「オープン仕様」です。

しかも写真の通り「V12気筒エンジン」を見せつけるように一部「ガラス張り」で覗けるようになっています。

クルマ好きにはたまらない演出です。
(それ以上の細かな仕様はわかりません。レベルの低い語りですみません。)

輸入車ショーにて拝むように展示されるクラスの車が、無造作に駐車されているのを目の当たりにすると「さすが東京だな。」と感嘆してしまいます。

しかし実はこういったケースはよくあります。

何となくですが仕事をしていて、東京のお金持ちは自慢げに見せびらかせるのを好まない傾向を感じています。

そのため目立つ表通りではなく、裏通りにポツンと隠すように置かれていることが多いような気がします。

また、この手のスーパーカーを発見して、持ち主がどうかまでは断定できませんが、近くに芸能人がいたケースも多いです。

実際動いているスーパーカーで、何人も窓ガラス越しに見かけました。

結構ミーハーな見物をしているかもしれません。

予算があれば「ザギンでシースー」をしたい気分になりましたがあきらめました。

鉄道模型を購入していなければ何とかなったかもですが、完全な予算オーバーでした。

オタクが優先してしまい残念です。

2019年4月13日土曜日

高松城


仕事の会合が高松であり、駅前の大きなホテルが会場と宿泊先になりました。

準備の対応で前泊した際にテレビを見ようとすると何故か映りません。

フロントに申し出ると係りの人がやってきてかなりの時間不具合の対応してもらいました。

結局直らずホテルから「部屋を替わって欲しい。」との申し出。

承諾して向かった部屋はなんと「セミスイート」の豪華な部屋でした。

たまたま会合の運営責任者の一人であり、修理でずいぶん待たせて申し訳ないと思ったからかもしれません。

しかし正直一人で泊まってもどうしようもありません。

2人分以上の広く空間とインテリアがあるため、余分にはみ出して使用したら申し訳ないような貧乏症の性格が出てしまい、かえってくつろげません。

落ち着かないまま寝てしまいました。

しかし朝起きて窓を開けたらビックリです。

眼下に朝焼け色の「高松城」が広がっていました。

ほぼ最上階に近いため城郭全体が拝めました。

天守閣がないため地味な印象ですが、石垣と複数の櫓がきれいに残っています。

もともと海に面していて、海水を堀に取り込んだ「海城」としての縄張りであることが上から見ると非常によくわかりました。

映らなかったテレビに感謝です。

2019年4月6日土曜日

桜道 千葉


千葉で仕事をしていたときに、環状線である「国道16号」をよく利用しました。

そのときに漠然とした判断基準になっていたのが、この道を越えると「田舎度」が変わるということです。

神奈川・東京・埼玉・千葉の4都県を弧を描くように結んでいるので、あくまで千葉県に限定した基準ですが、私の担当地域が特にそうでした。

千葉県自体は人口が多いわりには、どこへ行っても田舎の雰囲気が漂っているのですが、この道を越えると次元が変わるのです。

大きな土地を所有する農家さんが多く、写真はその訪問時の帰りです。

建物も密集してないので川っぱたの桜並木がすぐに目につきます。

田畑の道はあまり舗装されていませんので、車の足まわりの汚れは気になるところですが、童謡の挿入絵に登場しそうな景色です。

飲酒運転になるので叶いませんが、弁当でも広げて一杯やりたいなと思ってしまいます。

仕事でもプライベートでも大変な時期でしたが、こんな何気なく遭遇した景色にずっと励まされていたのかもしれません。

自然を愛でる気持ちは精神面の安定に不可欠と思ってしまいます。

2019年3月30日土曜日

広瀬公園


新居浜市にある「広瀬公園」の桜です。

散った桜が丘を埋め尽くし、上も下も桜満開で素晴らしいです。

桜の名所は数多くありますが、何よりもタイミングが大事です。

この写真もわざわざ観に行ったわけではなく、顧客訪問の帰りにたまたま通りかかっただけの幸運でした。

風が強かったり雨が降ったりしていたらお目にかかれなかったでしょう。

ここは「別子銅山」中興の祖と言われている「広瀬宰平」の邸宅跡であり、建物は国重要文化財の指定を受け、記念館として公開されています。

往事の実業家の賑やかな生活を階間見ることが出来て非常に貴重です。

新居浜に住んでいたときには県外から知人や顧客が来ると、真っ先にここを案内して「別子銅山」の説明をしました。

この銅山は、「住友家」が運営していていましたが、幕府直轄地である「天領」にありました。

そのため「明治政府」になって国に接収されるのを防いだこと、つまり国有化を免れて民営路線を続けられたことは、宰平の手腕が大きかったと言われています。

この難局を乗り切ってなければおそらく「住友財閥」は誕生していません。

その自負がこの公園からは感じられます。

屋敷の2階からは、足元に広がる桜越しに新居浜が遠望出来ますが、まさしくその景色は象徴的です。

昔から新居浜は「鉱都→工都」と呼ばれる所以を感じます。

2019年3月23日土曜日

海津大崎


琵琶湖の湖北を取り上げた「マキノ」の続編です。

やはり「デルタカフェ」のコンセプトに大きな影響を与えた景観を紹介しないわけにはいきません。

湖に接する「近江33ヶ寺」の9番札所「大崎寺」のすぐ近くにあり、湖岸の船着き場両脇にある古民家を改築したものです。

写真は早朝に撮影した一枚です。

「カフェ」になっている古民家のテラスから眺めた琵琶湖です。

湖岸の古くて大きな石垣が美しく長くアーチを描いて続いています。

朝日に少し赤く照らされていて石垣フェチにはたまりません。

この空間に浸ったことで「古民家カフェ」をやりたいと直感的な構想が浮かびました。

カメラアングルの左外には「竹生島」も見えています。

昔から信仰の対象であり、この当たりの風情はずっと変わってないように思えます。

また「カフェ」2階はほとんど改装していない状態で「骨董屋」になっています。

いずれは挑戦したい領域です。

船着き場を挟んだ向こう側にあるもう一つの建物は「住居」となっていて、更に船着き場の石垣と住居の間が、駐車スペースにしつらえています。

そこに屋外ですがオーナーの大きなアメ車が止まっていて、カフェの客席から真横のラインが丁度見えるようになっています。

この距離感も「デルタカフェ」の母屋から、庭を挟んで「デルタ」が眺められる構図に少なからず影響を与えていると思われます。

これで「石鎚山」も借景に活用出来れば最高なのですが、さすがに無理でした。

2019年3月16日土曜日

雲竜院


「いつもどの辺だったっけ?」と独り言をいいながら地図アプリで確認してしまうのが「泉涌寺」です。

「東福寺」の東側で、京都駅から見れば裏側に隠れるような位置関係になります。

実際訪れていてもいつも曖昧になります。

道も車がかろうじて通れるくらいの細い上り坂を通りますが、境内に入ると幅の大きな下りとなり、大きな仏殿(重文)が迎えてくれます。

別称を「御寺(みてら)」と呼ばれ、江戸時代の「後水尾天皇」から幕末の「孝明天皇」まで代々の御陵があります。

その別院が「雲龍院」です。

写真は皇族の位牌を安置する「霊明殿」前の庭で、石灯籠を中心に「菊の御紋」が白砂の隆起で庭いっぱいに描かれています。

「ザ・皇族」という押し出しが半端ないです。

コテコテな感じがしないわけでもありませんが、そこが皇族たる由縁なのか不思議とお上品に見えます。

まあそれ以外に、余分な色彩や造形物は見あたらないからかもしれません。

案外「クール・ジャパン」を体現しているのかもしれません。

外国の方が観たら、こういうのがわかりやすいのかもと思います。

私自身も意外と御紋のオーラに当てられることもなく落ち着いて鑑賞させて頂きました。