2017年6月17日土曜日

廃線跡


廃線になるまでに乗れなかった路線が結構あります。

今回の「のと鉄道」もその一つです。

「JR七尾線」と接続の「和倉温泉駅」から「穴水駅」までは今も存在します。

ただ以前は、北岸の「輪島」と東岸の「珠洲(すず)岬」の手前「蛸島(たこじま)」に、更に続いていました。

それぞれ2001年・2005年に廃止になったそうです。

写真は廃止直後の「珠洲駅」です。

まだ駅舎も線路も残っていて、至る所に痛々しく雑草が生えつつも「鉄道遺産」としての風情を感じました。

しかしたまたまですが、最近の写真を見つけてしまいました。

ホーム以外は線路も撤去され、周辺が真っ平らに舗装されてしまい、妙に浮き上がった景観となってしまっていました。

どうせ残すならもう少し風情を考えられないのかなと非常に残念な気持ちになりました。

鉄道に興味ない方でも「駅舎の周辺」に関しては、多少なりとも地域の思い出としての要素はあるはずです。

倒壊の恐れもあるので安易な放置は出来ませんが、今後老朽化した住宅等の撤去はますます増えていきます。

只の取り壊し作業ではなく、その後の景観を少しは考える方も、行政側でもっと登場して欲しいものです。

人口減による縮小傾向は、地方において逆らえない掟でしょうから、地域再生の視点として、民間・行政両面からの「断捨離」的な「美意識の構築」はより重要になってくると思います。

2017年6月10日土曜日

軍艦島


最近、長崎県の世界遺産に認定された「軍艦島」が話題です。

映画「007」の最近の作品でもロケ地になっていました。

が、私にとっての「軍艦島」は写真の「見附島」です。

石川県能登半島の東端にあります。

初夏に訪れて初めて観たとき、朝日が海に反射して岩肌を照らしていました。
(写真は、眩しすぎたので光りを抑えて撮影しました。)

それが金属っぽく見えてリアルなのにビックリしました。

橋桁に見える石の連なりは、実際に歩いて島の近くまで行けます。

上部には艦橋とか主砲とかの建造物をイメージするものがあるわけではないので、「船島」と呼ぶのが妥当なのかもしれません。

しかし悠然と構えている雰囲気に、「海の男だ艦隊勤務、月月火水木金金」の歌が聴こえてくる気がします。

何故かそのとき、学生時代にバイトしていた飲み屋で、右翼のオッチャンがカラオケを熱唱していたのを思い出しました。

今は残業に厳しい社会になりつつありますが、当時は「24時間働けますか?」が流行歌でした。

この海岸は「恋路海岸」と呼ばれ、よく知りませんが「鍋乃と助三郎の非恋物語」の逸話があるそうです。

風光明媚であり、温泉・魚も揃っています。特に個性的な宿は最高です。

今回はリッチにも「湯宿 さか本」に泊まり、地元料理を堪能しました。

さすがの一言でした。

2017年6月3日土曜日

京都駅


「京都駅」です。

電車があるから駅だとわかりますが、写真を撮っている周囲の空間は、もはや駅なのか百貨店の一部なのかよくわかりません。

駅独特の油臭い香りが全くありません。

改札が3階より高いところにあるため駅を眺める高さも感覚が違い、違和感を感じます。

最近の「大阪駅」にいたっては、線路全体を覆うように北側と南側の駅ビルをつなげて大きなフードが付いたので、そのうち宇宙船でも入ってくるのではと錯覚してしまいそうです。

(しかしフードが高すぎて横風の雨だと普通に濡れます。何の意味があるのでしょうか。)

「京都駅」はフードがないのでそこまでではありませんが、駅ビルの近未来感はすごいです。

「京都タワー」建設で物議を醸した京都市民の方々はどう思っているか伺ってみたい気がします。

外国からやって来た観光客も「古都」に鄙びたイメージを持っているはず、それが「伊勢丹」の入った巨大ビルの見上げるようなイルミネーションが出迎えてくれます。

ギャップの大きさに場所を間違えたと思わないか心配です。

また、普通の幅の広い階段が減ってエスカレータが増えたのですが、幅が狭いため旅行者のコロコロバックがあると1列になり、急ぐ人が追い越せません。

ホームで乗り降りのたびに渋滞が発生し、意外と旅行者に優しくない気がします。

と言いながら話は飛びますが、京都ほど「ロック」な姿勢を感じさせる地域はないと思います。

高級料亭が多いのにラーメンも旨い、懐石料理の本場なのに中華料理も充実してます。

伝統を重んじる中で、二律背反が常に存在し、新しいものが生まれ続けている息吹を感じます。

いつも新しい発見があり、それで何度も行きたくなるのかと思います。

この文章書いている途中で、やっぱり駅の近未来感は似合っていると考え直しました。




2017年5月27日土曜日

あつかし山砦


「阿津賀志山砦」と書くそうですが、福島県と宮城県の県境に位置する標高290m程度の山です。

源氏の「源頼朝(鎌倉方)」が平氏を滅ぼした後に、「奥州藤原氏」追討のため北進し、激戦となった唯一の場所です。

約100年もの栄華を誇った「奥州藤原氏」は本当にあっけなく滅亡します。

三代目「藤原秀衡」が病死し、四代目の「泰衡」になった途端に鎌倉方につけ込まれ、匿っていた「源義経一行」を命令通り殺害するも追討されます。

政治的駆け引きのレベルが先代と違い過ぎたのでしょうか。

それで何故か「この山」を防衛ラインに戦いますが、ここを突破されると、本拠地「平泉」までかなりの距離があるにもかかわらず、組織的な抵抗も出来ないまま、「泰衡」は北へ北へと敗走する羽目になり、最後は家臣に討ち取られます。

政治体制から金の産出地も含め謎の多い「奥州藤原氏」ですが、国宝第一号の「中尊寺金色堂」の下には三代(清衡・基衡・秀衡)のミイラと泰衡の首だけのミイラが、諸説ありますが一応安置されています。

今後、深堀りしたいテーマです。

2017年5月20日土曜日

大鰐線


早朝の「大鰐(おおわに)線」です。津軽国境の「碇ヶ関(いかりがせき)」を訪れた後、地元の方も知らないような「城跡」巡りをしてました。

そのとき列車の警笛がなったので、頭上が線路であることに気がつき、慌てて撮った一枚です。

朝の鉄道写真では最高の一枚と思っています。

旅において「偶然は必然に勝る」といつも思います。

これだからフラフラ旅は止められません。

この線は青森県境の「大鰐温泉駅」と弘前市中心街の「中央弘前駅」を結ぶローカル線です。

近くの「弘南鉄道」とあわせて「撮り鉄」としての目的は果たしているのですが、まだ未乗線で「乗り鉄」としての使命が残っています。

八戸以降の新幹線ルートを除けば、東北地方はこれで全線制覇です。

弘前の町には宿泊したことがないので、地元料理を楽しみながら「完乗」を決めたいところです。

が、愛媛からだと「青春18切符」の各駅停車では、日程がかなり厳しくなります。

かといって、飛行機や新幹線で「ワープ」するような野暮はしたくなく思案中です。

私にとっては、幼稚園児の遊ぶ砂場に、シャベルカーを使って砂山を作るような所業に等しいのです。

いつも以上にどうでもいい話をしてしまい、すみません。

2017年5月13日土曜日

早朝ドライブ


縁があって出会えた「デルタ」を相当頑張って購入した頃、仕事が忙しくてなかなか遠出のドライブが出来ませんでした。

土日でも仕事以外で動ける時間帯は「早朝」でした。

しかし当時住んでいた「西船橋」から更に郊外に向かうと、ゴルフをする方々で渋滞します。

逆転の発想で早朝に、都内に向かうとビックリするくらい空いていました。

日頃は車の多い皇居周辺もスッキリしていて、散歩の感覚でドライブを楽しみました。

(今は、ランニングやサイクリングの愛好者が多く、当時とは状況が変わっているようです。)

写真は「外苑東通り」で、右側は「赤坂御用地」、左側は「神宮外苑」に挟まれています。

この先には首都高「外苑出口」があり、青山・赤坂・六本木・麻布方面に向かえます。

おそらく日本で最も超高級車が走る通りと思われます。

やって来る車は「アストンマーチン」で、いわゆる「ボンドカー」です。

「ロールスロイス」とかもここでは日常生活の車です。

しかし止まっている車は、私を含め旧車が多く、走り去る車をパチパチ撮っていました。

トランプゲームの「大富豪」的な格差を感じつつも、モーターショーでしか登場しない車も見えるので、立ち寄るたびに楽しめました。

2017年5月6日土曜日

野良時計


高知県安芸市にある「野良時計」です。

札幌の「時計台」には申し訳ないですが、こっちのほうが断然いいと思いました。

明治中期にこの邸宅にお住まいだった地主様が、時計好きが高じて、独学で勉強して自作されたそうです。

人にやらせてないところが素晴らしい。

今は正面の一面しか動いてないそうですが、左右にもあり、三面同時に時刻を知らせたそうです。

周囲は四国の何処ででも見かける田園風景ですが、この「時計屋敷」があるおかげで、すごく特別な、独特の景色に変容しています。

「キワモノ」的な存在が、時間の経過とともに周囲と馴染んで、良いアクセントとなる好例です。

写真の車との相性もバッチリです。

計測器とかの「メーター」の類は、車の運転席も含めて、男性のファッションに何かと大きな影響を与えていると思います。

ルックスはどうにもなりませんが、「腕時計」を押さえてあとの服装はシンプルにまとめておけば、勝手に何かを語って味を出してくれるときがあります。

但し、最近の腕時計の値段は、周囲の物価と比較して異様に高騰しています。

物欲の強い自分も、正直手が出せない領域になってきている気がします。

「新品」と「中古」の好循環がより必要な時代かもしれません。