2018年6月23日土曜日

陸羽西線


同じ東北地方を横断する路線だと、SL列車を運行する「磐越西線」のほうが目立ちますが、「陸羽西線」も負けていません。

「奥の細道最上川ライン」とも呼ばれ、「松尾芭蕉」の「五月雨を集めて早し最上川」の一句を実況中継するかのように、最上川沿いを走っています。

この写真は車にて山形県内陸部の城巡り中に、突如線路の警笛が鳴り始めたので、待ち構えて撮影しました。

早朝の曇り空に加えて靄が立ち込めており、幽玄な雰囲気が漂っています。

遮断機の点滅に対してまで、靄が膜を作って残像を残すような余韻があります。

しかし俳句センスが全くない私には、いくら句嚢を肥やされても何も出てきません。

今までに素晴らしい景色は相当観てきているはずなのですが、一句閃いたことは一度もありません。

これも苦手なゴルフ同様、向き不向きの領域だと観念しています。

人それぞれに「光」が指している天性の領域というものは、果たして生きている間に発見出来るのかどうか、不安に思います。

「見つけられるか!」また「見つけても認めてもらえるのか!」

もっと言うと、「見つけているのに、気がついているのか!」

考え出したらキリのない話です。

死ぬまで自問自答することなのかもしれません。

意外と「見つけてもらう?」のが正解かもと最近思います。

2018年6月16日土曜日

剣山 ハスラー



「デルタカフェ」の看板娘「ハスラー」の漸くの登場です。

この娘がいるかどうかで店が開いているかどうか判断する方も多いのではないでしょうか。

出店と同じ年に購入し、青と黄色のラインも自分で貼りました。
通称「コレチ・ライン」と呼ばれます。

店で使用するシールと、このブログの背景にも同色を当てています。店に鎮座する「ランチアデルタ・コレチオーネ」の専用ラインで、もともとはランチアのラリー車に伝統的に使用されていたものです。

名称もおそらく映画「ゴッドファーザー」のファミリー名「コレチオーネ家」から採用しているようで、「血の色」のボディーと「ガンメタ」のホイールも専用色です。

何故かこの娘もほぼ同系色だったので、派手なラインを思い切って貼りました。

この後の「ハスラー」の大ヒットとバリエーションの展開を考えると早めの「差別化」は成功だったと思っています。

しかし母は気に入っているのかは怖くて聞けませんが・・・。

あ、写真は「剣山」界隈をドライブしたときのものです。台風の直後ですごい光景が広がっていましたが、紅一点が構図に映えていました。

2018年6月9日土曜日

四国カルスト


「四万十川」から北上し、漸くたどり着きました。

近くを通って寄れそうでもなかなか行けなかった「四国カルスト」です。

素晴らしい快晴で白い石灰岩が見事に輝いています。

緑の牧草も光のおかげで少し黄緑色に映えます。

それを美味しそうに黒牛達が食べています。

どこかで山口県の「秋吉台」を想像していましたが、平坦な台地ではなく、山の頂上から尾根に沿ったような地形なので、はるかに立体的に迫ってくる力強さがあります。

せっかくなので往復して「上り」と「下り」両方の景観を楽しみました。

上に突き抜けていくような青い空、眼下いっぱいに広がる山々、ともに「四国」の豊かさを体中で感じます。

話は変わりますが、限られた日程の中で「日本」をいろいろ満喫したい外国人観光客に対して、「四国」の狭さはかえって武器になると思います。

「日本」の多様性は世界に誇るものだと確信していますが、逆に伝えるのが難しい。

「四国」は工夫すれば、そのニーズを十分に満たせると思います。

2018年6月2日土曜日

脱藩の道


写真は、「坂本龍馬・脱藩の道」で有名な「檮原街道」にて撮影しました。

このまま標識を辿って行き、県境(当時は国境)である「韮ケ峠」まで無事到達出来ました。

ここから長浜まで出て九州へ向かい、「龍馬」は大いなる決意を秘めて「明治維新」に向かっていくわけです。

その偉大さを十二分に感じた旅でした。

と、言いたいのですが正直なところ、この方の「人物像」が未だにわかりません。

数年前に戦争をした藩同士が「倒幕」を目的として手を結ぶ「薩長同盟」は、「明治維新」の数々の局面の中で「神の一手」だと思っています。

当然その仲介役としての立場は歴史に名を残すにふさわしいです。

しかしその「成果」が、本来先にあるべき「人望・人格」を後付けで決めている気がしてなりません。

成功した例がほとんどないケースでも、そのわずかな「成功」の行動原理だけが、絶対的な秘訣のようにクローズアップされてしまう最近の風潮で、更にバイアスがかかってきているように感じます。

数多く出版されているノウハウ本にも同様に感じていて、あの妙な脅迫観念は何とかならないものでしょうか。

正直怖いです。

何故撮影ポイントをここにしたかというと、山影の湿った雰囲気に「龍馬の心細さ」を何となく感じたような気になったからでした。

(当時は舗装道路でもないので街道の雰囲気自体が全然違うはずで、これもかなりいい加減な見解ですが・・・・。)

ファンの方すみません。

同じ四国出身の身としては恐れ多いことと重々承知しているのですが、「長崎」や「京都」の龍馬関連の史跡をウロウロしても、未だに実感出来ていないことなのです。

2018年5月26日土曜日

青の世界 パンダと夜空


以前「デルタ」を題材に「赤の世界」というブログを書きましたが、対極の「青の世界」はパンダになります。

ボディカラーのままと言われたらそれまでですが、嫁さんの所有車であったのを譲り受け、かれこれ仕事で7年も使っています。

淡々と仕事に付き合ってくれる頼もしい相棒です。

「派手さ」はありませんが、使うほど「渋さ」を増してきたような気配すらします。

写真は「石鎚スカイライン」から「寒風山トンネル」へ向かう「尾根沿いルート」で撮影したものです。

このときも「久万高原町」にて顧客対応があった際、帰社が中途半端な時間となったので、閃いて向かったのです。

ちょうど海外では「ミルキータイム」と呼ばれる時間帯であり、青系のグラデュエーションが見事な空間に、月がやや控えめに小さく顔を出していました。

ただの四角ですが、絶妙なバランスで構成された車のシルエットが、景色に溶け込んで「クール」を体現しています。

周囲には「いつ買い替えるのか?」と心配そうに聞かれることもありますが、「動かなくなるまで乗ろう!」と思いを定めた瞬間の情景でもありました。

2018年5月19日土曜日

京都タワー


京都を去るときに、いつも駅前からしみじみと眺めてしまう「京都タワー」です。

宵の口に光の膜に包まれた感じが、より曲線美を引き立てます。

デザイン的にも水平ラインが強調されているので、くらげ的というか生物的な「なまめかしさ」が漂っています。

最初の出会いは中学2年のときの就学旅行です。

タワー内の観光地にありがちなお店で、ありがちなサーフボード形のキールダーに名前を彫ってもらったのを覚えています。

それで友達と盛り上がっていたせいか、タワーから展望したであろう景色は全く記憶にありません。

改めて観てみたいなと思っています。

寺院などの歴史的建造物の陰影がよくわかる夕暮れ時なんかに昇ると最高かなと、まだ見ぬ景色を想像してしまいます。

この写真を撮っている今こそチャンスなのですが、電車に乗る時間が迫っていて無理です。

毎回この繰り返しです。

このタワー建設に際しては、賛否両論が吹き荒れ、やや騙し討ちに近い経緯で完成したそうです。

古都としては、おそらくラブホテル建設どころの次元ではなかったと推察されますが、今では「レトロ」の領域で意外になじんでいるように感じます。

目新しいものを取り組んでなじませていく空気は、「都」としての大事な要件なのかもしれません。

2018年5月12日土曜日

ゲームセンター「ミッキー」


ひょんなことに、たまたま聴いていたラジオ番組で閉店を知りました。

神保町にあったゲーセンです。

東京出張のとき寄ってみたら、写真の通り人気のない状態でした。

取引先が駿河台にあってその通り道にあったのと、そこの顧客の大半が「駿台予備校の生徒」だったので、感覚的には駿河台の下という印象です。

アポまでに時間があると、いつもここでゲームをしていたので、少し中毒気味だったと思います。

一般的な100円ゲームが最新式でもなんと50円だったので、得した気分になってかえって使い込んだかなと反省もしてます。

はまった原因は「対戦型ゲーム」の存在です。

普通は対戦希望者と闘うかどうかを選択出来るのですが、ここは選択権がありません。

問答無用でいきなりバトル開始です。

そうなると予備校生の強いこと強いこと。

同じロボットを使っていても観たこともない技が繰り出され、瞬殺されます。

「お前らゲーセンで油売ってないで、もっと勉強しろよ。」と心の中で捨てゼリフを吐きつつ大抵帰る羽目になります。

しかし浪人生のストレスがここで発散されていて、とにかく強いエネルギーに転化されていました。

当時はわかりませんでしたが、その異常な熱気に毒されて、負けるのがわかっていてもついつい足を運んでいたのかと、寂しくなった店舗を前にして感じます。

何だかんだ元気をもらっていたのかもしれません。

そう思うと、むかつきつつも少しは応援してやったらよかったな、と大人目線でなかった自分に反省です。

今更ながらですが、がんばれ!