2023年5月27日土曜日

安倍川餅


「きなこ餅」の代名詞とも言える「安倍川餅」。

静岡市内を流れる「安倍川」近隣の農民が、領主であった「徳川家康」に献上したところ、いたくお気に召されて、名付けられたらしいです。

今も川のたもとに、「元祖」を名乗るお店があり、「きなこ」好きの私としては外せませんでした。

しかし訪れてビックリ。

写真の通り、「きなこ」と「あんこ」のハーフ&ハーフでした。

別々の単品はありません。

どちらも大好物なので、美味しく頂きましたが、正直意外な感じがしました。

通常、このメニューのみですが、季節限定で「醤油わさび餅」がありました。

確かに「わさび」は、この地域の特産物です。

昼食との感覚が空いていなかったので、結構満腹だったのですが、頑張って注文しました。

口が甘くなっていたので、わさび醤油が非常にマッチングします。

ペロッと平らげてしまいました。

順番の関係もありますが、これが一番のヒットでした。

これ以降、二度訪れたのですが、いづれも定休日に当たってしまい、縁がなくなっています。

次回こそは、全員が「餅好き」の家族総出で満喫しようと、密かに計画してます。

 

2023年5月20日土曜日

能登


489系のボンネットのラインは、いつ観てもほれぼれします。

鉄道模型のコレクションに加えたい車両でもあります。

今は「北陸新幹線」が開通したので、事実上の運行廃止となってますが、以前は「東京:上野駅」と、「北陸:金沢駅」を結ぶ夜行列車でした。

しかも、世の中「新幹線」か「特急」が占める中、「急行」とは。

それ自体が、当時でも珍しい存在です。

下りは、確か23時台に「上野駅」を出発するため、一杯ひっかけてから乗車しました。

この路線が面白いのは、ほぼ同時刻・同区間を寝台列車「北陸」も走ることです。

こちらは赤いボディの電気機関車が牽引しますが、ホームにて並んでいる姿を、酔っぱらった状態で目にすると恍惚としてしまいます。

「昭和」を象徴する圧巻の光景だったのだと、今更ながら思い出されます。

白いカバーが装着された指定席に、進行方向を向いて座り、出発を待ちますが、すぐにウトウトしてしまいます。

途中に「群馬:高崎駅」に停車すると、「東京:新宿駅」からやってきた「ムーンライドえちご」とも出会えます。

懐かしさの三重マルともいえる路線でした。

 

2023年5月13日土曜日

契島(ちぎりしま)精錬所



「軍艦島」は現在進行形で存在します。

「広島県竹原市」の沖合にある「契島」がそうです。

日本で唯一の「鉛」精錬所であり、国内使用される四割以上がここで賄われるそうです。

写真は、愛媛県側の島から「竹原港」に向かう船上から撮影しました。

日差しに反射する金属質の外観、時折点滅する光や、後方に煙も見えることから、明らかに現役で稼働していることがわかります。

島全体が、企業所有となっているため、関係者以外の一般人は、上陸することが出来ません。

それでもマニアの無断上陸が後を絶たないそうです。

何となく気持ちはわかりますが・・・。

小学校3・4年生の頃に、社会科の授業で、地元の産業や歴史を習いました。

「別子銅山」に関わる話が非常に多かったです。

そのとき公害対策として、沖合で「銅」の精錬を担っていた「四阪島」と、非常にダブるものを感じました。

「大煙突」からモクモクと煙を出している威容が、写真の記憶と共に目に浮かびます。

実際に上陸したことはありませんし、残念ながら「大煙突」は倒壊の恐れがあるため、解体されたそうです。

しかし産業遺産を残しつつも、現代設備が稼働しており、今でも現役だそうです。

もし自分が船とか所有したりしたら、行ってしまうかもしれません。

有史以前から、航行の歴史が続く瀬戸内海には、面白そうな遺跡が人知れず隠れていると思うので、いろいろ探検してみたいものです。


 

2023年5月6日土曜日

元乃隅稲成神社(もとのすみいなりじんじゃ)


インスタ映えで有名な神社です。

創建は昭和30年で、地域の網元に現れた白狐のお告げにより建立されたそうです。

指定を受けるような文化的価値のあるものはないですが、アメリカの放送局「CNN」が発表した「日本で最も美しい場所31」に選定されたことでブレイクしました。

写真にある朱色の鳥居は123本で、全長は100メートル以上あるそうです。

駐車場は高台になっていて、到着したらすぐに、写真の展望が見渡せます。

そこから鳥居をくぐって本殿に向かいますが、大鳥居の上に賽銭箱があり、「日本でもっとも入れにくい賽銭箱」として、話題を提供しています。

社内旅行で行ったのですが、みなさん様々に写真を撮りまくり、はしゃいでいました。

近くには、クルマのCMの撮影で有名な「角島大橋」もあり、地域的にフォトジェニックな観光地としてしっかりプロモーションされている印象があります。

今は、コロナで参拝制限があるようですが、観光についての新しい視点(もう新しくないか。)として、大いに参考になりました。

反対の立場で、文化財の価値を優先に行き先を選定しがちな自分ですが、そのニーズも高くなっていて、真逆の価値観が並行して動いている印象を受けます。

総論的なオールラウンド型の旅行は、ますます厳しくなっていると感じる中、店舗経営においても同様に、アピールポイントの再整理は常に必要だと思いました。

今後に生かしたいです。
 

2023年4月29日土曜日

霊山城跡(りょうぜんじょうあと)


「福島県伊達市」にある山です。

そびえ立つ威容は実在しました。

南北朝時代の争乱を題材にした漫画で、かなり誇張して描かれていると思っていましたが、そうではなかったです。

もともとは、平安時代の高僧である「円仁」創建の天台宗「霊山寺」がありました。

ここに、公卿(=高級貴族)でありながら、武将としても「鎮守府将軍」であった「北畠顕家」が、「足利尊氏」が擁立した北朝方に対抗してやってきます。

「陸奥太守」の拠点である、宮城県「多賀城」にいた「義良親王」を、脱出させてここに籠もったのです。

「国司館」をここに設けて、南朝方の一大拠点としました。

京の都に例えると、「遷都」を「比叡山延暦寺」に実施し、防備を固めたイメージでしょうか?

写真は、そこからの景観ですが、あまりの高さにビックリしました。

登城といっても、もはや完全な登山です。

普段着だったこともあり、相当ハードな展開でした。

当時を想像するに、「太守と将軍」の鎮座する山が旗でたなびき、360度どこからでも拝めるのです。

その周囲への「威厳の伝播」は、効果大だったと推察されます。

「顕家」は勢力を整えて、ここから近畿地方まで攻め上がります。

南朝方としては、かなりの巻き返しとなりましたが、最終的には大阪近辺の戦いで戦死します。

その後はここも攻められて落城。

現在は、お寺も麓に移っていますので、純粋な国史跡として保存されています。

下の銅板のパネルを見て、往時の雰囲気は十分残っているように思いました。

やっぱり南北朝時代は、行動範囲がダイナミックです。


 

2023年4月22日土曜日

鞆の浦


宮崎アニメの舞台になったことで、全国的な知名度に拍車がかかりましたが、ここほど昔から風光明媚な記録が残っている場所はないと思います。

古代に「万葉集」で複数首詠まれ、江戸時代に「朝鮮通信使」より、東洋一の景観と称えられています。

政治的な面でも室町幕府滅亡時の「足利義昭」や、幕末に過激派公卿が京都を追われた「七卿落ち」のように、都を追われた身分の高い方の逗留地として登場します。

それだけこの地は、雅な方の慰めになると、両方とも時代の異なる「毛利氏」ですが、配慮したのでしょう。

また、様々な実写映画でも舞台になっています。

極め付きは「ハリウッド映画」でも採用されたことです。

自分が大好きな「Xメン」シリーズの日本を舞台にした「サムライ編」で登場します。

残念ながらCGが効き過ぎてよくわかりませんでしたが、長崎の設定でした。

映画自体もハリウッド映画として観れば正直いまいちでしたが、チャンバラ映画としてなら、最高の部類に仕上がってました。

特に意識しているわけではありませんが、何気に訪れることが多い場所です。

個人的には写真のように夕方が大好きです。

観光客もかなり引けているので、ザワザワしてなく、ほっこり出来ます。

近くの裏路地が大好きで、閉店ギリギリのお店に押し入って何か買うか食べるかして、短時間でそそくさと帰ることが多いです。

どこに入ってもレトロな感じがたまりません。

だからまた行きたくなるんだろうなあ。


2023年4月15日土曜日

鉄道博物館


埼玉県大宮市にある「鉄道博物館(通称:てっぱく)」です。

観光地が少ない埼玉県にあって、オープンしてからいきなり第一位の観光名所となりました。

もともと鉄道に関する博物館・記念館の類は全国に数多くあります。

その地域に根ざした鉄道の記憶は全て固有の存在であり、「乗り鉄」の自分にとっては、旅の目的地としてかけがえのないものです。

しかしここは、規模として破格の存在となりました。

今まで沿線の脇に設立されていたり、他ジャンルの施設と併設されていた存在領域の概念を大きく変えたと思います。

写真の通り、空間の広さにビックリです。

もともと大きな車両を入れるのですから当然なのですが、ゼロから大きな箱を築くことで収納の制約を受けていた「壁」を破りました。

日本の鉄道ファンは世界的にも多いと思います。

しかし、莫大なコストをかけて敷地を確保し、鉄道遺産を集めて飾ってまで、集客出来るかどうかは、自信がなかったのだと感じます。

おかげでありそうでなかった「日本の鉄道史」という莫大なテーマを語るために、必要なフィールドをここは初めて用意してくれたのだと、伺って感激した次第です。

車両や備品毎のテーマについては多過ぎてここは語れませんが、一つだけ話をさせてください。

2階の食堂車を模したレストランに行くと、食堂車にて供された「洋食プレート」が再現されていて、食べることが出来ます。

歴史を語る一品です。

これを味わうだけでも鉄道オタクなら訪れる価値があると、ビールも追加で飲みながら感じました。

これでレストランごと揺れてくれたらなあ。