2017年6月3日土曜日

京都駅


「京都駅」です。

電車があるから駅だとわかりますが、写真を撮っている周囲の空間は、もはや駅なのか百貨店の一部なのかよくわかりません。

駅独特の油臭い香りが全くありません。

改札が3階より高いところにあるため駅を眺める高さも感覚が違い、違和感を感じます。

最近の「大阪駅」にいたっては、線路全体を覆うように北側と南側の駅ビルをつなげて大きなフードが付いたので、そのうち宇宙船でも入ってくるのではと錯覚してしまいそうです。

(しかしフードが高すぎて横風の雨だと普通に濡れます。何の意味があるのでしょうか。)

「京都駅」はフードがないのでそこまでではありませんが、駅ビルの近未来感はすごいです。

「京都タワー」建設で物議を醸した京都市民の方々はどう思っているか伺ってみたい気がします。

外国からやって来た観光客も「古都」に鄙びたイメージを持っているはず、それが「伊勢丹」の入った巨大ビルの見上げるようなイルミネーションが出迎えてくれます。

ギャップの大きさに場所を間違えたと思わないか心配です。

また、普通の幅の広い階段が減ってエスカレータが増えたのですが、幅が狭いため旅行者のコロコロバックがあると1列になり、急ぐ人が追い越せません。

ホームで乗り降りのたびに渋滞が発生し、意外と旅行者に優しくない気がします。

と言いながら話は飛びますが、京都ほど「ロック」な姿勢を感じさせる地域はないと思います。

高級料亭が多いのにラーメンも旨い、懐石料理の本場なのに中華料理も充実してます。

伝統を重んじる中で、二律背反が常に存在し、新しいものが生まれ続けている息吹を感じます。

いつも新しい発見があり、それで何度も行きたくなるのかと思います。

この文章書いている途中で、やっぱり駅の近未来感は似合っていると考え直しました。




2017年5月27日土曜日

あつかし山砦


「阿津賀志山砦」と書くそうですが、福島県と宮城県の県境に位置する標高290m程度の山です。

源氏の「源頼朝(鎌倉方)」が平氏を滅ぼした後に、「奥州藤原氏」追討のため北進し、激戦となった唯一の場所です。

約100年もの栄華を誇った「奥州藤原氏」は本当にあっけなく滅亡します。

三代目「藤原秀衡」が病死し、四代目の「泰衡」になった途端に鎌倉方につけ込まれ、匿っていた「源義経一行」を命令通り殺害するも追討されます。

政治的駆け引きのレベルが先代と違い過ぎたのでしょうか。

それで何故か「この山」を防衛ラインに戦いますが、ここを突破されると、本拠地「平泉」までかなりの距離があるにもかかわらず、組織的な抵抗も出来ないまま、「泰衡」は北へ北へと敗走する羽目になり、最後は家臣に討ち取られます。

政治体制から金の産出地も含め謎の多い「奥州藤原氏」ですが、国宝第一号の「中尊寺金色堂」の下には三代(清衡・基衡・秀衡)のミイラと泰衡の首だけのミイラが、諸説ありますが一応安置されています。

今後、深堀りしたいテーマです。

2017年5月20日土曜日

大鰐線


早朝の「大鰐(おおわに)線」です。津軽国境の「碇ヶ関(いかりがせき)」を訪れた後、地元の方も知らないような「城跡」巡りをしてました。

そのとき列車の警笛がなったので、頭上が線路であることに気がつき、慌てて撮った一枚です。

朝の鉄道写真では最高の一枚と思っています。

旅において「偶然は必然に勝る」といつも思います。

これだからフラフラ旅は止められません。

この線は青森県境の「大鰐温泉駅」と弘前市中心街の「中央弘前駅」を結ぶローカル線です。

近くの「弘南鉄道」とあわせて「撮り鉄」としての目的は果たしているのですが、まだ未乗線で「乗り鉄」としての使命が残っています。

八戸以降の新幹線ルートを除けば、東北地方はこれで全線制覇です。

弘前の町には宿泊したことがないので、地元料理を楽しみながら「完乗」を決めたいところです。

が、愛媛からだと「青春18切符」の各駅停車では、日程がかなり厳しくなります。

かといって、飛行機や新幹線で「ワープ」するような野暮はしたくなく思案中です。

私にとっては、幼稚園児の遊ぶ砂場に、シャベルカーを使って砂山を作るような所業に等しいのです。

いつも以上にどうでもいい話をしてしまい、すみません。

2017年5月13日土曜日

早朝ドライブ


縁があって出会えた「デルタ」を相当頑張って購入した頃、仕事が忙しくてなかなか遠出のドライブが出来ませんでした。

土日でも仕事以外で動ける時間帯は「早朝」でした。

しかし当時住んでいた「西船橋」から更に郊外に向かうと、ゴルフをする方々で渋滞します。

逆転の発想で早朝に、都内に向かうとビックリするくらい空いていました。

日頃は車の多い皇居周辺もスッキリしていて、散歩の感覚でドライブを楽しみました。

(今は、ランニングやサイクリングの愛好者が多く、当時とは状況が変わっているようです。)

写真は「外苑東通り」で、右側は「赤坂御用地」、左側は「神宮外苑」に挟まれています。

この先には首都高「外苑出口」があり、青山・赤坂・六本木・麻布方面に向かえます。

おそらく日本で最も超高級車が走る通りと思われます。

やって来る車は「アストンマーチン」で、いわゆる「ボンドカー」です。

「ロールスロイス」とかもここでは日常生活の車です。

しかし止まっている車は、私を含め旧車が多く、走り去る車をパチパチ撮っていました。

トランプゲームの「大富豪」的な格差を感じつつも、モーターショーでしか登場しない車も見えるので、立ち寄るたびに楽しめました。

2017年5月6日土曜日

野良時計


高知県安芸市にある「野良時計」です。

札幌の「時計台」には申し訳ないですが、こっちのほうが断然いいと思いました。

明治中期にこの邸宅にお住まいだった地主様が、時計好きが高じて、独学で勉強して自作されたそうです。

人にやらせてないところが素晴らしい。

今は正面の一面しか動いてないそうですが、左右にもあり、三面同時に時刻を知らせたそうです。

周囲は四国の何処ででも見かける田園風景ですが、この「時計屋敷」があるおかげで、すごく特別な、独特の景色に変容しています。

「キワモノ」的な存在が、時間の経過とともに周囲と馴染んで、良いアクセントとなる好例です。

写真の車との相性もバッチリです。

計測器とかの「メーター」の類は、車の運転席も含めて、男性のファッションに何かと大きな影響を与えていると思います。

ルックスはどうにもなりませんが、「腕時計」を押さえてあとの服装はシンプルにまとめておけば、勝手に何かを語って味を出してくれるときがあります。

但し、最近の腕時計の値段は、周囲の物価と比較して異様に高騰しています。

物欲の強い自分も、正直手が出せない領域になってきている気がします。

「新品」と「中古」の好循環がより必要な時代かもしれません。


2017年4月29日土曜日

高速道路



「デルタ」でドライブしているときに撮影した「富士山」です。

東京から関西方面へ向かって高速道路を走るとき、天気がいいとよく見えます。

旅立つとき、占いっぽくこの景色が見えるのをいつも期待しています。

東京や大阪に住んでいるとき、車で愛媛の実家に道草しながらよく帰省していました。

高速は横の景色は壁で遮られているためほとんど見えませんが、前方は結構楽します。

特に、東海地方は海に近いところを走るので、起伏のある町の景色が楽しめるところが多いです。

しかし関西地域はトンネルが多くイマイチよく見えません。

それでも一般道よりかなり高いところを走っているので、町を鳥瞰できるのは高速道路の特権だと思います。

お勧めは何といっても「夜の首都高速」です。

東京タワーを始め、夜に集積された明かりがメトロポリタンを感じさせます。

他には、山陰道の「伯耆大山」・中央道の「八ケ岳」・最後に四国にかかる「三本の橋」です。

地球上に、橋からのあの独特の景観は、今のところここしかありません。


2017年4月22日土曜日

直角の白砂青松


東北地方の太平洋岸を走破しようと思い立ち、夜中に千葉県船橋市を出発、茨城県を経由、福島県のいわき湯本まで高速で走りました。

そこから地道で、海岸に一番近い街道を選んでひたすら北上、夜が明けた頃に、ほとんど宮城県の手前、福島県相馬市の「松川湾」で休憩しました。

「日本の渚100選・白砂青松100選」にダブル認定されている場所ですが、他の選定場所が流麗な曲線イメージに対して、ここは堤防の役割も兼ねて直線基調で浦が固められています。

一番海に突き出た部分も直角に曲がります。

写真はそのコーナーの手前で撮影した一枚です。

台風接近のため海も荒れており、海へのむき出し感がより太平洋の荒々しさを伝えています。

後方には松林があり風光明媚な空間です。

そこを通ってここにたどり着くと、その「静」と「動」の対照がより際立ちます。

しかし東日本大震災で壊滅。

ラジオで、ここの港が復興に向かう話題を伺い、ただ祈るばかりです。

本当にそれしか出来ないんだと思います。