2023年6月17日土曜日

普賢寺(ふげんじ)


「山口県光市」にある「普賢寺」です。

大企業の工場が集中している町なので、意外に思われるかもしれませんが、東側の海岸線は非常に風光明媚な地域です。

半島のように突き出た海側の奥まった場所にあり、写真の「仁王門」が迎えてくれます。

塀がないため、周囲との境があいまいです。

仕切りのない、ゆったりとした雰囲気で、お寺にしては、珍しい空間に思えました。

実は、画僧「雪舟」」が手がけた庭園を探してしたら、ここにあることを知りました。

失礼ながらついでに、このお寺の存在を知った次第です。

のんびりと境内を散策すると、妙に空の存在を意識してしまいました。

不思議な感覚でした。

庭は裏手にあるらしく、小さな矢印が目に付きました。

お勝手口のような入り口には、心づけ用の缶がくくりつけてあり、あるだけの小銭150円を入れました。

最後の写真がそうです。

彼の庭をいくつか鑑賞しているのでパターンは似てますが、言われなければわからないレベルでした。

おそらく逗留したお礼に作庭し、その一部が残っているだけかもしれません。

しかし湿気もいい塩梅なのか、手入れされるわけでもなく苔がいい感じで育ってました。

自然と長く伸びてきた木の根っこも、ところどころに顔を出していて、起伏のない庭に良いコントラストを与えています。

亡くなった祖父の庭の手入れに、悪戦苦闘している私にとって、持続可能な庭作りのヒントとなりました。


 

2023年6月10日土曜日

山名宗全邸宅跡



たまたま京都の西陣地区界隈をブラブラしていて、偶然発見しました。

家と家の隙間に作られた記念碑で、邸宅を想像出来るようなものは何一つ感じません。

しかし「応仁の乱」の西軍の総大将である「山名宗全(持豊)」がこの当たりを拠点にしていたのです。

改めて京都の街中で11年も戦争をしたのだと、正直あきれてしまいます。

「三管領」の一つである「畠山氏」の跡目相続が、他家の諸事情に飛び火して、もめにもめたグダグダな戦でした。

いろんな有力者が直接関係ない他家の問題に口だし・肩入れすることで、「大義名分」がはっきりしない戦が延々と続いたのです。

日本史上最大の相続争いだと思います。

しかも当事者が亡くなっていくことで、よくわからないまま収束していきました。

室町時代の上流武士層は、「将軍家」が京都に政庁を構えたことで、公家文化に取り込まれていったと思います。

その課程で公家特有の「無責任体質」も根付き、汚れ仕事をどんどん家臣に任せることで、当事者能力を失い、自然と実権を放棄していく。

これが「下克上」の風潮を生み、戦国時代に突入していったと考えます。

2023年6月3日土曜日

宇和島駅の待避線


「JR四国」の路線の中で、最も終着駅の風情が強い「宇和島駅」。

駅前通りにある、長く伸びたワシントンカシの木を、強めに感じる日差しとともに眺めると、南国にやってきた旅情を強く感じます。

とは言っても、高速道路が市内まで開通したことから、仕事では車で向かうことがほとんどです。

写真は、役所を訪れていたときに、たまたま目にした「操車場」の景観です。

「終点マーク」のあるフォームから折り返すように分岐して、「待避線」の先に、更に隠れるように存在してました。

「予讃線」や、その脇を走る車道からは見えない位置にあったので、偶然の発見に仕事のことを忘れそうになりました。

意外にも、多くの種類の車両が佇んでいるので、思わず見取れてしまった次第です。

この距離からでも、ローカル線独自の鄙びた雰囲気が漂ってきます。

また、折り返した一駅先の「北宇和島駅」から、更にローカル度が増す「予土線」に突入していきます。

高知方面へ向かい、「四万十川」が絡んでくる山線・川線です。

ここには、そこへ向かうワクワク感まで待機していると感じました。


 

2023年5月27日土曜日

安倍川餅


「きなこ餅」の代名詞とも言える「安倍川餅」。

静岡市内を流れる「安倍川」近隣の農民が、領主であった「徳川家康」に献上したところ、いたくお気に召されて、名付けられたらしいです。

今も川のたもとに、「元祖」を名乗るお店があり、「きなこ」好きの私としては外せませんでした。

しかし訪れてビックリ。

写真の通り、「きなこ」と「あんこ」のハーフ&ハーフでした。

別々の単品はありません。

どちらも大好物なので、美味しく頂きましたが、正直意外な感じがしました。

通常、このメニューのみですが、季節限定で「醤油わさび餅」がありました。

確かに「わさび」は、この地域の特産物です。

昼食との感覚が空いていなかったので、結構満腹だったのですが、頑張って注文しました。

口が甘くなっていたので、わさび醤油が非常にマッチングします。

ペロッと平らげてしまいました。

順番の関係もありますが、これが一番のヒットでした。

これ以降、二度訪れたのですが、いづれも定休日に当たってしまい、縁がなくなっています。

次回こそは、全員が「餅好き」の家族総出で満喫しようと、密かに計画してます。

 

2023年5月20日土曜日

能登


489系のボンネットのラインは、いつ観てもほれぼれします。

鉄道模型のコレクションに加えたい車両でもあります。

今は「北陸新幹線」が開通したので、事実上の運行廃止となってますが、以前は「東京:上野駅」と、「北陸:金沢駅」を結ぶ夜行列車でした。

しかも、世の中「新幹線」か「特急」が占める中、「急行」とは。

それ自体が、当時でも珍しい存在です。

下りは、確か23時台に「上野駅」を出発するため、一杯ひっかけてから乗車しました。

この路線が面白いのは、ほぼ同時刻・同区間を寝台列車「北陸」も走ることです。

こちらは赤いボディの電気機関車が牽引しますが、ホームにて並んでいる姿を、酔っぱらった状態で目にすると恍惚としてしまいます。

「昭和」を象徴する圧巻の光景だったのだと、今更ながら思い出されます。

白いカバーが装着された指定席に、進行方向を向いて座り、出発を待ちますが、すぐにウトウトしてしまいます。

途中に「群馬:高崎駅」に停車すると、「東京:新宿駅」からやってきた「ムーンライドえちご」とも出会えます。

懐かしさの三重マルともいえる路線でした。

 

2023年5月13日土曜日

契島(ちぎりしま)精錬所



「軍艦島」は現在進行形で存在します。

「広島県竹原市」の沖合にある「契島」がそうです。

日本で唯一の「鉛」精錬所であり、国内使用される四割以上がここで賄われるそうです。

写真は、愛媛県側の島から「竹原港」に向かう船上から撮影しました。

日差しに反射する金属質の外観、時折点滅する光や、後方に煙も見えることから、明らかに現役で稼働していることがわかります。

島全体が、企業所有となっているため、関係者以外の一般人は、上陸することが出来ません。

それでもマニアの無断上陸が後を絶たないそうです。

何となく気持ちはわかりますが・・・。

小学校3・4年生の頃に、社会科の授業で、地元の産業や歴史を習いました。

「別子銅山」に関わる話が非常に多かったです。

そのとき公害対策として、沖合で「銅」の精錬を担っていた「四阪島」と、非常にダブるものを感じました。

「大煙突」からモクモクと煙を出している威容が、写真の記憶と共に目に浮かびます。

実際に上陸したことはありませんし、残念ながら「大煙突」は倒壊の恐れがあるため、解体されたそうです。

しかし産業遺産を残しつつも、現代設備が稼働しており、今でも現役だそうです。

もし自分が船とか所有したりしたら、行ってしまうかもしれません。

有史以前から、航行の歴史が続く瀬戸内海には、面白そうな遺跡が人知れず隠れていると思うので、いろいろ探検してみたいものです。


 

2023年5月6日土曜日

元乃隅稲成神社(もとのすみいなりじんじゃ)


インスタ映えで有名な神社です。

創建は昭和30年で、地域の網元に現れた白狐のお告げにより建立されたそうです。

指定を受けるような文化的価値のあるものはないですが、アメリカの放送局「CNN」が発表した「日本で最も美しい場所31」に選定されたことでブレイクしました。

写真にある朱色の鳥居は123本で、全長は100メートル以上あるそうです。

駐車場は高台になっていて、到着したらすぐに、写真の展望が見渡せます。

そこから鳥居をくぐって本殿に向かいますが、大鳥居の上に賽銭箱があり、「日本でもっとも入れにくい賽銭箱」として、話題を提供しています。

社内旅行で行ったのですが、みなさん様々に写真を撮りまくり、はしゃいでいました。

近くには、クルマのCMの撮影で有名な「角島大橋」もあり、地域的にフォトジェニックな観光地としてしっかりプロモーションされている印象があります。

今は、コロナで参拝制限があるようですが、観光についての新しい視点(もう新しくないか。)として、大いに参考になりました。

反対の立場で、文化財の価値を優先に行き先を選定しがちな自分ですが、そのニーズも高くなっていて、真逆の価値観が並行して動いている印象を受けます。

総論的なオールラウンド型の旅行は、ますます厳しくなっていると感じる中、店舗経営においても同様に、アピールポイントの再整理は常に必要だと思いました。

今後に生かしたいです。