2024年2月24日土曜日

釜石線


岩手県内の「花巻」から「釜石」を結ぶ「釜石線」。

路線自体は、東北地方の内陸部から太平洋へ抜ける路線の中でも、早い段階で完乗してます。

が、接続の不便な三陸側を完乗するためには、太平洋側の「釜石」を起点にする必要があります。

そのため、東北地方を東西に結ぶ横断線としては、何度も往復することになりましが、見応えが多い路線で飽きるようなことはありませんでした。

特に印象に残るのは、「釜石」から「花巻」に向けて東北本線に戻るときです。

「釜石駅」から西の進行方向を見ると、急勾配の山に向かって線路が伸びており、ここを下ってきたのかと、圧倒されます。

その途中に、以前取り上げた「滝観洞(ろうかんどう)」のある「上有住駅」や、「カッパ淵」の「遠野駅」とかの名所も多く、途中下車も楽しみました。

中でも記憶に残っているのは、写真の光景です。

「遠野駅」から「猿ヶ石川」沿いを進むところで大きく川が蛇行していきます。

線路は橋でここを突っ切らないので、そのままの自然が残された景観です。

この辺りは、「前九年の役」で滅亡した「安倍貞任」関連の館跡が点在しており、大和朝廷に服属する以前の世界が拡がっているように感じました。

凍てついた冬景色を眺める車窓越しに、当時「蝦夷」と呼ばれた方々の勇壮な生活が浮かんできます。

「はるばる来たぜ!」感のある、旅の醍醐味を大いに味わえる路線と言えます。

2024年2月17日土曜日

木次線


岡山県から島根県に向かう「木次線」のスイッチバックです。

以前にも取り上げましたが、ここも「三江線」に続き廃線の危機です。

トロッコ列車「奥出雲おろち号」が運行終了の予定となり、観光客を呼び込む目玉がなくなろうとしてます。

山口の下関在住のときも、青春18切符を使って何度か木次線の周遊を間絡んだのですが、途中路線の遅延等で、果たせませんでした。

各駅停車なので運行が遅れるのがやむなしとはいえ、ただでさえ本数が少ない路線の出発に対しては、かなりの接続への配慮をして欲しいものです。

これでは乗車率が上がるわけがありません。

観光目的として現地に、観光バス等で向かう前提となると、住民の日常の足ではなくなります。

最近、中国地方と九州地方の内陸線は、その存続について様々な議論が出ており、非常に危機感を覚えます。

公共としての機能を考えたときに、今の収益基準で存続を判断していいものか、危惧せざるを得ません。

最近の日本の不確定な災害状況を考えることと、道路と鉄路による併用化を検討することは、密接な関係があると考えます。

複数の交通手段が運用出来る体制を維持しておくことは、国土の災害防衛上ますます重要になっているかと感じます。

特に車を運転出来ない方々の自律的な移動手段をどうするのか、更に高齢化が進む上で大きな課題です。


待合の時間に眺めるディーゼル車との雪景色が堪りません。

その袂に下の写真の水飲み場があり、さらに乙な雰囲気です。

廃線になっても残って欲しいし、そのときは、わざわざ確認に行くような気がします。


 

2024年2月10日土曜日

松江の運河



大阪・鳥取方面から、「松江市」に向かうとき、ついついこの道を選んで走ります。

国道から少し逸れた脇道なのですが、「中海」と「宍道湖」を結ぶ運河沿いのルートです。

「松江市内」に入ってきたと強く感じます。

風通しの良い地域でもあるので、四季の移ろいが敏感に伝わってきます。

道路の左側には「JR山陰線」も並走しており、運河と線路のすき間を縫うような道なので、昔から景観が変わらないのも嬉しいです。

写真の少し先に見える小島には、鳥居があり「神域」のようです。

どういう神様なのかわかりませんが、あまり興味が湧きません。

自分の霊感が心地よく反応する以上、突きつめるだけ野暮な気がします。

ここを通過するとき、いつも「神話」の地域であることを痛感せずにはいられません。

仕事で住んでいたこともあるので、週末には様々な史跡を訪ねてウロウロしましたが、「教科書級」の史跡が多いのには本当に驚きました。

それ以外に、あまり知られていない日本最古の史跡も、潜むように存在していて、とても得した気分になったものです。

車が運転出来る限り、飽きずに訪れる道だと思います。

写真を選んでいて、また行きたくなりました。


2024年2月3日土曜日

姫新線


岡山県と兵庫県の内陸部を結ぶ「姫新線」。

特急や急行の類は走っておらず、各停のみです。

接続も悪いため、全線制覇の過程として、完乗するのに手間取りました。

だからこそ味わい深い路線でもあります。

乗り鉄として、早く乗り切りたい気持ちと、いつまでも乗っていたい思いが、本数の少ないローカル路線ほど、複雑に交錯します。

今回も予定を消化し、最後区間を終着駅の姫路駅に向けて走破してました。

一面雪景色でしたが天気は良く、夕映えが雪にも投影して淡い黄金色となり、よりフィナーレが近づく旅情を引き立てました。

突然だったのですが、ボックス席の前に座っていた20代前半の女性が、メール(当時はガラケー)を見た途端、「あー、腹が立つ。」と手すりをバンバン叩き出しました。

向かい合う状況で、無視する間合いも取りにくいので、「どうしたんですか?」とさらっと聞きました。

「お騒がせしました。」の返事だったのですが、憤懣やる方ない雰囲気が伝わってきます。

「これもご縁でしょうから、この近辺の人間じゃないので、終点まで話ぐらい付き合いますよ。」
と、会話が始まりました。

どうも、この後会う予定だった彼氏が暴走族で、警察に捕まったそうです。

族の仲間からの連絡らしく、さすが姫路と思ってしまいました。

以前にも下車して姫路城に行く途中、チンピラの喧嘩をよく見かけました。

その話をすると、「それは姫路への偏見だ。」と笑ってましたが、彼氏は暴走族の頭らしく、今回も仲間がやらかしたことに、責任とって連行されたそうです。

あっという間に、姫路駅に着いてしまいました。

次の乗車の予定に一時間以上あり、もともと夕食の予定でした。

いいところがないか伺うと、近くに知り合いの店があるというので、そこに一緒に行くことになりました。

この人は、ここで食事する相手がおそらく捕まったのです。

その店で、知り合いに成り行きを説明し、ドリアを一緒に食べつつ、話の続きを伺いました。

出発の時刻になったので失礼しましたが、姫新線の余韻が全く残りませんでした。

変な旅となってしまいました。

またまた受けた姫路の強烈な洗礼でした。