2018年6月30日土曜日

水陸両用車 ハウステンボス


写真は長崎県の「ハウステンポス」にある「水陸乗用車」です。

陸に上がると厚底になってしまうので、デザイン的にイマイチではありますが、
子供の頃から「両用型」や「可変型」のギミックな感じが大好きでした。

プラモデルでも軍用モノは「水陸両用車」や「水上飛行機」、ロボットでは「合体型」や「変形型」をいつも買い求めていたように思い出します。

ジオラマでもそういった「海辺」や「トンネル出口」のような「際」の部分にいつも
惹かれています。

おそらくですが、クオリティの善し悪しが一番わかるからかもしれません。

過去に経営破綻したときの「ハウステンポス」を立て直すとき、その再建の代表者が
「よく出来ているが本物の香りがしない。」とインタビューに応えていたのを覚えています。

再建前後で訪問した比較をすると、確かに「こだわり」の変化が来場者のプラスに働いていると感じました。

しかし、この両用車の広告をやみくもにペタペタ貼っている感じは感心しません。

しっかりモノ本来のデザインに仕上げたほうが、乗ってみたいと人を惹きつけるように思うのですが・・・。


2018年6月23日土曜日

陸羽西線


同じ東北地方を横断する路線だと、SL列車を運行する「磐越西線」のほうが目立ちますが、「陸羽西線」も負けていません。

「奥の細道最上川ライン」とも呼ばれ、「松尾芭蕉」の「五月雨を集めて早し最上川」の一句を実況中継するかのように、最上川沿いを走っています。

この写真は車にて山形県内陸部の城巡り中に、突如線路の警笛が鳴り始めたので、待ち構えて撮影しました。

早朝の曇り空に加えて靄が立ち込めており、幽玄な雰囲気が漂っています。

遮断機の点滅に対してまで、靄が膜を作って残像を残すような余韻があります。

しかし俳句センスが全くない私には、いくら句嚢を肥やされても何も出てきません。

今までに素晴らしい景色は相当観てきているはずなのですが、一句閃いたことは一度もありません。

これも苦手なゴルフ同様、向き不向きの領域だと観念しています。

人それぞれに「光」が指している天性の領域というものは、果たして生きている間に発見出来るのかどうか、不安に思います。

「見つけられるか!」また「見つけても認めてもらえるのか!」

もっと言うと、「見つけているのに、気がついているのか!」

考え出したらキリのない話です。

死ぬまで自問自答することなのかもしれません。

意外と「見つけてもらう?」のが正解かもと最近思います。

2018年6月16日土曜日

剣山 ハスラー



「デルタカフェ」の看板娘「ハスラー」の漸くの登場です。

この娘がいるかどうかで店が開いているかどうか判断する方も多いのではないでしょうか。

出店と同じ年に購入し、青と黄色のラインも自分で貼りました。
通称「コレチ・ライン」と呼ばれます。

店で使用するシールと、このブログの背景にも同色を当てています。店に鎮座する「ランチアデルタ・コレチオーネ」の専用ラインで、もともとはランチアのラリー車に伝統的に使用されていたものです。

名称もおそらく映画「ゴッドファーザー」のファミリー名「コレチオーネ家」から採用しているようで、「血の色」のボディーと「ガンメタ」のホイールも専用色です。

何故かこの娘もほぼ同系色だったので、派手なラインを思い切って貼りました。

この後の「ハスラー」の大ヒットとバリエーションの展開を考えると早めの「差別化」は成功だったと思っています。

しかし母は気に入っているのかは怖くて聞けませんが・・・。

あ、写真は「剣山」界隈をドライブしたときのものです。台風の直後ですごい光景が広がっていましたが、紅一点が構図に映えていました。

2018年6月9日土曜日

四国カルスト


「四万十川」から北上し、漸くたどり着きました。

近くを通って寄れそうでもなかなか行けなかった「四国カルスト」です。

素晴らしい快晴で白い石灰岩が見事に輝いています。

緑の牧草も光のおかげで少し黄緑色に映えます。

それを美味しそうに黒牛達が食べています。

どこかで山口県の「秋吉台」を想像していましたが、平坦な台地ではなく、山の頂上から尾根に沿ったような地形なので、はるかに立体的に迫ってくる力強さがあります。

せっかくなので往復して「上り」と「下り」両方の景観を楽しみました。

上に突き抜けていくような青い空、眼下いっぱいに広がる山々、ともに「四国」の豊かさを体中で感じます。

話は変わりますが、限られた日程の中で「日本」をいろいろ満喫したい外国人観光客に対して、「四国」の狭さはかえって武器になると思います。

「日本」の多様性は世界に誇るものだと確信していますが、逆に伝えるのが難しい。

「四国」は工夫すれば、そのニーズを十分に満たせると思います。

2018年6月2日土曜日

脱藩の道


写真は、「坂本龍馬・脱藩の道」で有名な「檮原街道」にて撮影しました。

このまま標識を辿って行き、県境(当時は国境)である「韮ケ峠」まで無事到達出来ました。

ここから長浜まで出て九州へ向かい、「龍馬」は大いなる決意を秘めて「明治維新」に向かっていくわけです。

その偉大さを十二分に感じた旅でした。

と、言いたいのですが正直なところ、この方の「人物像」が未だにわかりません。

数年前に戦争をした藩同士が「倒幕」を目的として手を結ぶ「薩長同盟」は、「明治維新」の数々の局面の中で「神の一手」だと思っています。

当然その仲介役としての立場は歴史に名を残すにふさわしいです。

しかしその「成果」が、本来先にあるべき「人望・人格」を後付けで決めている気がしてなりません。

成功した例がほとんどないケースでも、そのわずかな「成功」の行動原理だけが、絶対的な秘訣のようにクローズアップされてしまう最近の風潮で、更にバイアスがかかってきているように感じます。

数多く出版されているノウハウ本にも同様に感じていて、あの妙な脅迫観念は何とかならないものでしょうか。

正直怖いです。

何故撮影ポイントをここにしたかというと、山影の湿った雰囲気に「龍馬の心細さ」を何となく感じたような気になったからでした。

(当時は舗装道路でもないので街道の雰囲気自体が全然違うはずで、これもかなりいい加減な見解ですが・・・・。)

ファンの方すみません。

同じ四国出身の身としては恐れ多いことと重々承知しているのですが、「長崎」や「京都」の龍馬関連の史跡をウロウロしても、未だに実感出来ていないことなのです。