2016年1月23日土曜日

片倉小十郎


「片倉小十郎景綱(かたくら こじゅうろう かげつな)」

個人的に戦国武将名で一番カッコ良いと思っています。

伊達政宗の片腕として手腕を発揮し、秀吉・家康のスカウトも断り忠義を貫きました。

政宗が18歳で家督を継ぎ、約5年間で奥羽地方の約半分を手中にして、奥羽最大の大名にのし上がる過程において、10歳年上の守役からスタートした補佐役の存在は、公私にわたって非常に大きな存在だったと推察出来ます。

写真は居城の「白石城」で、再建天守ですが木造です。

伊達藩の南警護(江戸方面)の重要拠点でした。

一国一城令後も例外として存続を認められ、この三層櫓(実質の天守閣)を有していました。

陪臣ながら一万八千石の格式を与えられ、後継者は代々「小十郎」を名乗り、伊達藩内の確固たる存在として明治維新まで続きました。

カッコ良ぎます。

美学を感じる逸話です。

「白石駅」前で自転車を借りられ、城下町の名残を散策出来ます。

その日は気温は低かったのですが、風もなく冬晴れして非常に気持ちいい日でした。

老舗の酒屋さんで作っていた「大吟醸アイス」は、酔っ払いそうな風味で最高でした。

0 件のコメント:

コメントを投稿