2017年3月25日土曜日

筑波山


「袋田の滝」以外に観光地があまりイメージできない「茨城県」が舞台です。

「城巡り」で一応ウロウロしてますが・・・、あまりぱっとしません。

ただ写真にうっすら背景として浮かんでいる「筑波山」は日本百名山であり、地域の象徴です。

南北朝時代に南朝の重臣「北畠親房」が東国の失地回復を目指し、「大和国(奈良県)」から「常陸国(茨城県)」へわざわざ海路で向かいます。

この時代の公家様はダイナミックです。

「後醍醐天皇」の親王始め、他の方々も参戦し全国展開しています。

「霞ヶ浦」湖畔の「神宮寺城」に先ず入り、筑波山南部の「小田城」に居を構えます。

この時期に教科書にも登場する「神皇正統記」が執筆されました。

その縁もあってか、明治維新に影響を与える「水戸学」が影響を受けている気がします。

私も負けじと南朝方の「下妻・関・大宝・真壁」諸城を回りますが、山がいつも背景に見えました。

「西の富士・東の筑波」とも呼ばれるらしいですが、実は標高877mしかありません。

周囲に山がなく、独立峰に見えるため、より大きく存在感があります。

「オンリーワン」がどれだけ貴重な存在になるかの好例ですし、個性こそそれを大事にすべきと思います。

あ、「偕楽園」の梅を忘れていました。

シーズンなのにすみません。



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