2026年2月28日土曜日

満願寺温泉の川湯


ここは大分県の県境、熊本県北部にある「満願寺温泉」です。

ここの公衆浴場は写真の「川湯」で、道端と川を隔てた場所に、川面とほぼ同じような高さであります。

雑誌に紹介されていたロケーションを見て、是非とも入浴したいと思い、漸くやってくることが出来ました。

コロナの時期で山口県に住んでいたのですが、人ごみの多いところを遠慮しながら、一人ドライブでよく出かけ、誰もいない史跡巡りにいそしんだ時期でした。

その前後で、外来者でも入浴可能な温泉施設があるなら、人が少ないのを確認しつつ頂くのが、この時期の貴重な楽しみだったのをよく思い出します。

ここへの訪問も同様の展開だったのですが、誰もいないとはいえ入浴を諦めました。

町内のど真ん中にあり、ガードレールのある道が想像以上に近いのです。

お湯はよりによって澄んだ無色透明であり、裸で湯船に入ったらどの角度を向いても、上から覗ける道から大事なところが丸見えです。

ここに見知らぬ人間が入っていたら通報されかねません。

今まで、主要道路の橋の袂にある鳥取県「三朝温泉」の露天公衆浴場や、北海道の湖畔にあって自然湧出している温泉とかにも、勇気を出して入ってきたのですが、それでも社会的なリスクが高すぎました。

それでも浴場に降りて、手首だけ湯船に着けてみると、いい塩梅の湯加減です。

より残念な気持ちが募りましたが、脱衣場に回ると「コロナの影響により地区以外の方の入浴禁止」と書かれており、出来ない理由を提示されてホッとした次第です。

しかし脱衣場も下の写真の通り、横からの視界を遮る板がなく、脱いだ服をおく棚だけです。

おそらく、ここに浸かる方は大事なところを、ご近所中の奥様方から、前の車道や横の畦道からチェックされているに違いありません。

サイズとか井戸端会議のネタにされてはしないかと、勝手に心配してしまいました。
 

2026年2月21日土曜日

遠野城(鍋倉城)

岩手県の遠野市に宿泊して、早朝に城山散策をしました。

戦国時代から江戸時代にかけて、主に「遠野南部氏」の居城として、中世山城の構造を残したまま、近世城郭として活用されたという、変わった経歴を持つ城です。

曲輪の遺構が必見らしいのですが、雪が積もってこんもりとしてしまい、全くわからない状態でした。

石垣がある城郭なら、凍てついた石垣を楽しむことも出来るのですが、それもありません。

今は国史跡に指定され、天守閣風の展望台もあるそうですが、当時は何もなく雪山を一人で登っていきました。

人が見たら、死地に向かっているのではないかと誤解されそうです。

写真は、山頂の本丸で撮影した一枚ですが、針金のような枝を扇のように拡げた、一本の大木が出迎えてくれました。

朝焼けと木の陰影が素晴らしく、思わず見惚れてしまいます。

何も期待していなかったので、早起きは三文の徳だと、素直に実感が湧きました。

そのまま雪の中をズブズブと進んで、街並みが見える場所まで移動しました。

早めに脱出し、足元の雪を払わないとびしょ濡れになってしまうので、まごまご出来ません。

下の写真がそうなのですが、遠野の市街地が童話のような風景に見え、そのとき「雪中の狩人」という絵画が浮かびました。

狩人が犬を連れて、丘から街中を眺めている構図で、その狩人になったような錯覚が起こったのです。

作者は、ルネサンス後期の「ピーテル・ブリューゲル」という画家で、「バベルの塔」の作品で有名な方です。

示唆に富んだ題材が多く、寓話を散りばめるように、妖怪とかいっぱい描いています。

後で見比べると、先ほどの針金のような木までが描かれていて、イメージ以上に酷似していたことに驚きました。

ここから駅まで急がないと、予定の便に間に合わなくなるのですぐに失礼しましたが、城山に上って、童話の世界に入り込んだような感覚になったのは、初めての体験でした。

〝妖怪の里〟とも称される、遠野ならではの出来事だったのかもしれません。

2026年2月14日土曜日

雪のドライブ

 


島根県の松江市に住んでいたとき、ラッキーにもガレージを安い値段で借りることが出来ました。

オープンカーは、幌が特に傷みやすいので、本当に大助かりです。

また個室になるため、諸々の付属品を、車の邪魔にならないスペースに置くことが出来ました。

さすがに、島根は日本海側であるため、結構な雪が降ります。

そういうときに、タイヤにつける「チェーン」を、片付けずに置いておけるので、とても重宝しました。

この車の駆動方式は、後輪駆動であるため、雪が特に天敵となります。

どの車も、雪には十分気をつけないといけませんが、程度の問題として、駆動方式が前輪駆動の場合、雪で後輪が多少ブレても、駆動する前輪がグリップして何とか走行出来ます。

しかし後輪駆動は、後輪がブレると、駆動力のない前輪が踏ん張れずに一緒にブレてしまうため、カーブだとすぐに横を向いてしまいます。

真っすぐ走ることが、他の駆動方式に比べて、より困難になるのです。

その反動なのか、調子こいていました。

大雪でない日なら、雪景色を堪能すべく、チェーンを車に履かせて、近場をドライブして楽しんだのです。

「松江城」周辺は、特に坂道が少ないため、よく目指しました。

下の写真は、お城の脇にある県立図書館にて、撮影した一枚です。

黒い天守閣は森に隠れてしまい、拝めないのは少し残念ですが、走ってきた雪の轍が何とも溜まりません。

なんて事はないのですが、子供が雪だるまを作るに近い感覚なのか、まさしく童心100%の心境でした。


久しぶりにやってみたい気持ちになりましたが、今の車でやったら、ホイールスピンして、大変なことになるだろうなあ。

ここは大人でいこうと決意した次第です。

2026年2月7日土曜日

羽越本線


新潟県「新津駅」から秋田県「秋田駅」を結ぶ「羽越本線」。

東北地方の日本海側を縦断する大好きな路線です。

この写真は20年以上前の写真ですが、当時は東京から「ムーンライトえちご」を活用して「新潟駅」まで向かい、そこから北上していました。

東北地方の西側は、この路線を軸に各路線を毎シーズン横断して、全線制覇を進めていったのを思い出します。

少し前のブログで、「北陸本線」が「えちごトキめき鉄道」へと、名称が変更になっている話題を出しましたが、もう少し細かい話をすると、「北陸新幹線」が開通したことで、福井県「敦賀駅」から新潟県「直江津駅」のいわゆる一般路線の区間が、JRではなくなったのです。

つまり第三セクター化して、上記の鉄道を含む、複数の鉄道会社の運営に切り替わり、正確には違うのかもしれませんが、事実上「北陸本線」は消滅してしまいました。

そのため現時点で、自分が住む大坂から東方面の日本海側を「青春18切符」だけで走ろうと思えば、東京まで行き「高崎線・上越線」に乗り換えて、新潟方面からしか乗るしかないのです。

今は夜行のムーンライト系もないので、途中で1泊しないと辿り着けません。

また、別の機会に触れますが、昨年度に「青春18切符」の活用ルールが大きく変更されて、機動性が著しく低下してしまいました。

ざっくり言うと、連日乗り続けるしかその有効性を発揮できなくなったのです。

下の写真のように、荒れる東北地方の日本海を久しぶりに拝みたくなりました。 

新ルールでひたすら乗ってみようかと計画しています。

しかし懸念すべきことは他にもあります。

以前の「青春18切符」をフル活用しての旅では、雪が吹雪く冬に行動していても、当時は不思議なほど遅延がありませんでした。

最近は遅延の話題がやたらに目立ちます。

万が一遠方に行って帰れず、やむなく新幹線と飛行機で帰宅する事態は本末転倒であり、大した目的がないだけに絶対に避けたいところです。

実際に行動に移すか悩ましいところですが、待ち時間の停車駅で食していたカップうどんの「どん兵衛」を思い出します。

地域限定版に「芋煮味」があり、寒い中ですすりたい誘惑に駆られています。

ただし予定がうまくいかなければ、その一杯が数万円のコストに大化けするかもしれませんので、本当に痺れます。