2019年10月5日土曜日

ペッツな城


「淡河(おうご)城」と読みます。

山陽道を走っていると、この地名の標識が出てきます。

ようやく覚えることが出来ました。

今回の旅は神戸から六甲山地を突っ切るように北上しました。

いくつか城跡があったためです。

しかしおそらく地名だけで、痕跡は通るだけではわからないレベルなので、何もなければそのまま山陽道に上がって愛媛に帰るつもりでした。

それが淡河の町に入って、信号待ちの交差点にて何気なく左手を見ると、立派な櫓が竹林の中に見えます。

興奮を覚え、あわてて左折しました。

櫓は再建されたものとすぐに推察しましたが、急勾配の斜面に見える位置からして、櫓を支える土台、つまり何らかの縄張り跡、あわよくば石垣等があるかもしれないと思ったからです。

でも実際は写真の通りです。

ズッコケましたが、周囲の森林に負けずに目立とうとするならコスト的にうまい工夫です。

まるで「ペッツ」です。

キャラクターの顔から下はスティックの形をしていて、怪しげなタブレットが出てくるあのお菓子アイテムです。

今も売っているのでしょうか?
(調べてみると今も売られていました。)

2019年9月28日土曜日

小鹿田焼


「小鹿田(おんた)焼」。

昔はどう読むのかわからない方が多いように思いましたが、最近はメジャーな位置付けになりつつあり、ふりがなはもう必要ないかもしれません。

長子相伝を前提に10軒ほどの窯元が里をすっと守っており、近年その技法が国の重要無形文化、里自体が重要文化的景観の指定を受けています。

近くの「小石原焼」から派生しつつも、民芸運動を提唱した「柳宗悦」やイギリスの作陶家「バーナード・リーチ」も携わったせいか、釉薬の使い方が日本的でないというか、シルクロード的な気がします。

散策すると家の軒先で焼き物を販売していたり、写真にある川の水流を利用した「唐臼」が土を打つ音が、日本庭園にある「鹿威し(ししおどし)」のようなリズムで響いたりと、和む空気が充満しています。

しかし残念なことに北九州豪雨で壊滅的な打撃を受けてしまいました。

里に点在していた「唐臼」も6割程が倒壊破損し、燃料の松や大切に保管していた原料の土まで流されたそうです。

また買いに行きたいと思いますが、景観がどうなっているのか、何も出来ないだけに不安です。

でも一人のファンとして頑張って欲しいです。

2019年9月21日土曜日

上勝ビール


最近流行の「クラフトビール」。

その特集本か何かを読んでいて「上勝ビール」を知りました。

この写真は紹介されていた写真と同様の構図で撮ったもので、ひねりも何もありません。

窓枠ばかりがやたらと脅迫してくる建物の全面に、現場に行っても圧倒されるばかりで、それしか視界に入ってきませんでした。

場所は徳島県の山奥である上勝町にあります。

「剣山スーパー林道」の入口の近くで、この建物近くの旅館に泊まることにしました。

十分飲める体制でしっかりとビールを味わうためです。

飲んでみると、昔の「地ビール」よりも、素朴というか原始的な風味を感じます。

いろんな酵母を試している風で、悪く言えば「ドブロク」に近い感じかもしれません。

何故か漫画「俺は鉄平」の親父が飲んでいる「ドブロク」が浮かびました。

「お洒落度」には天地の差がありますが、「親父度」は同じ高めだからかもしれません。

そういえばこの対極に位置した二つのベクトルが、ときどき正比例の関係にあると思うことが増えたのですが気のせいでしょうか?

喉が乾いていれば、特にビールは何でもおいしく飲める人間なので、屋外の大自然も満喫しつつ大いに楽しみました。

つまみに頼んだソーセージも旨かったです。


2019年9月14日土曜日

岸岳城


ここまで来るのにはずいぶん迷いました。

今回の訪問先は、佐賀県唐津市の山間部にある「岸岳城」の西北側にある「岸岳古窯跡群」でした。

秀吉の「朝鮮出兵」以前からの「初期唐津焼」が、この地域を支配した「松浦党波多氏」の主導のもと、朝鮮陶工の手によって始められた場所です。

登り釜等の遺構が残っており、城内にでは「織部・志野」の焼物が多数発見されていることからも、この地域が日本の「茶の湯文化」のスタートに大きな影響を与えたことは間違いなさそうです。

「古田織部」とかも来てたのでしょう。

このあたりの契機が「朝鮮出兵」撤退時における各大名による朝鮮陶工の強制連行に繋がっている気がします。

そんな空想を満喫した後に、案内札もあったので城山の本丸へ向かったのですが、本来の登城は反対側の東南からだったらしく冒頭の通り迷いました。

それでも頑張って写真の通り、本丸跡であろう山塊が頭上に見えるところまで辿りたのですが、ここから更に霧と雨がどんどんひどくなり目的地が霞んで消えるようです。

体もだるくてしんどくなってきたので、ここから先はとうとうあきらめました。

でも正解の判断でした。

自分のレーダーが働いていたのです。

なんとここは九州でも指折りで有名な心霊スポットでした。

その後の「波多氏」は朝鮮出兵時の不手際により改易されてしまい、残された家臣団が家族である女・子供を城の崖から突き落としたうえ、集団自決したそうなのです。

城といっても戦がなかったので、文化的な側面でしか見ておらす油断してました。

今でも「岸岳末孫(きしだけばっそん)」と怨霊名までついて恐れられているとのこと。

ネットの話題では、甲冑を着た骸骨が昼間でもうろついているそうです。

くわばらくわばらでした。

でも苔むした石垣見てないんだよなあ。

2019年9月7日土曜日

水窪駅


「秘境駅」なる駅が、最近メディアでよく紹介されますが面白いジャンルだと思います。

今まで制覇した路線上にある大抵の名物駅へは下車したり、別の機会に車で行ったりしてますが、「秘境駅」という発想はなかったので見逃しているケースが結構あるなと思っています。

中でも車で行きづらい場所にはチャレンジ精神がくすぐられます。

ただし今回の静岡県北境にある「水窪駅(みさくぼえき)」ついては、「秘境」の玄関口としての認識がもともとありしっかり訪れていました。

「飯田線」が静岡県から長野県に切り替わるときのポイントになる駅で、ここから北は主要な道路がありません。

写真がその特徴を表していて、だまし絵のように見える部分がありますので説明させて下さい。

この駅は、北に向かうとすぐに山中に突入するので、河岸段丘のような崖の上に有ります。

町は駅の眼下にあり、徒歩なら写真の川にかかっている橋を渡り、登るようにして向かいますが結構な斜面で大変です。

車でもずいぶん迂回して駅の前まで行けますが、スペースがあまりないため「アルファスパイダー」が停車している、崖の先に鉄板で突き出した駐車場に止めることになります。

車から降りても落ちないように前と横は格子ネットで囲ってくれており、下も崩れないようにつっかえ棒で補強されているようですが、車からは全く見えず浮いたような錯覚があるため、高所恐怖症の私にとっては正直怖いです。

駐車場と川が、境もなく重なって見えるのが不思議に見える原因です。

北側の地形が険しい話ですが、以前に北の長野県「天竜村」から南の「水窪駅」に向かい、「フィアットパンダ」にてダムの側道を使って強引に突っ切ったことがあります。

人気が全くない川の際を、いつ行き止まりになるかもしれない恐怖と闘いながら何時間も走り続けました。

完全に夜になってしまい、自分は遭難するのではないかと怯えました。

この両県の県境は「南アルプス」が大きな壁になるためです。

中央高速道ですら「中津川トンネル」で長野県から岐阜県に迂回してしまいます。

現在でも鉄路しか実質交通手段がないのです。

そのためこの路線には秘境駅が点在していて、陸路が全くなく民家数軒のための駅とかがあります。

一度は降りてみたいですが、一日に数便しかないローカル線なので何日かかるかわかりません。

ブームが去った頃、こそこそやって楽しむのかなあ。

2019年8月31日土曜日

唐津くんち


「長崎くんち」と「唐津くんち」があり、県も違うと、長崎県に住んでいた知人に教えてもらっていましたが、どう違うか何となくでも認識出来たのはつい最近です。

他人の祭りなんて所詮そんなレベルの興味でしかないことを、「新居浜太鼓台祭り」と「西条だんじり祭り」の違いを両市外の方へ説明していて、いつも空しく感じています。

特に県外の方からしたら愛媛県民の祭りに対する熱意は異常らしく、「何故、祭りで学校が休みになるの?」とよく聞かれます。

愛媛出身とは言え転勤族でここにいる身としては、他はそうじゃないとわかっていても「普通そうでしょ!」といまだに思ってしまいます。

なかなか納得出来ないのです。

本題に戻りますが、この写真は「5番曳山 魚屋町の鯛」です。

作成順に番号・町名・名称となり、山車を曳山と呼ぶそうです。

14台あり、モチーフも魚以外に獅子・亀・兜・鳳凰・龍・鬼・鯱と多岐にわたります。

たまたま「唐津城」近くの民芸館に寄ったとき、そこに収納スペースがあって、写真のように解体のうえメンテされていました。

レース前にスタンバイするF1みたいでかっこいいなと思いシャッターを切りました。

しかし「太鼓台は50台を越えている。」と、自分の祭りとの比較で優越感が勝ってしまい、それ以上のテンションは上がりませんでした。

やっぱり他人の祭りに多少の興味は持っても、興奮は出来ません。

2019年8月24日土曜日

常滑イオン


旅先でイオンに行くことは先ずないのですが、「常滑焼」で有名なこの地域をウロウロしたときに、子供服の目当てのブランドがこのイオンにたまたまあるらしく、嫁さんの強い主張によって買い物による羽目になりました。

最近出来たようで、入り口といい、通路といい、名古屋圏らしいゴージャスさがありました。

写真の「巨大招き猫」はその極付きで、放射状の通路の中心点に小判を持って鎮座しています。

周囲の照明を受けて、白いボディが更にテカテカ光っています。

「富よ。集まれ!」的な景気の良さを呼び込むようなオーラが出ていて、下品なようでも、あっけらかんとした感じで気持ちがいいです。

子供も大興奮で、招き猫をバックに同じポーズで写真を撮りました。

周囲の家族も同様の行動を取っていて、みんなで盛り上がっていました。

この猫に関しては文字通り「千両役者だなあ。」と思ってしまいました。

今回は全く「一人旅」ではない報告でした。